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小林多喜二のプロレタリア小説『蟹工船』が発禁になった頃、都会では「マルクス・ボーイ」と呼ばれる若者たちが注目を集めていた。彼らは闘争に身を投じるというより、インテリ風の装いで思想を語ることに憧れた。一方、「モダン・ボーイ/モダン・ガール」は最新の洋装をまとい、街を歩いていた。さらに時代が下ると、「まったり革命」など新たな若者像も語られるようになる。時代ごとに名前は変わっても、若者を分析し、その生き方を語ろうとする大人たちのまなざしは変わらない。※本稿は、批評家のパンス『「いまどきの若者」の150年史』(ちくまプリマー新書)の一部を抜粋・編集したものです。
昭和初期のインテリ青年は
「マルクス・ボーイ」と呼ばれた
「マルクス・ボーイ」という言葉は、昭和初期にマスコミの中で使われた俗称で、社会主義やマルクス主義に感化された都市の若者、特に学生層を指します。
彼らは、必ずしもマルクス主義を体系的に理解していたわけではなく、「前衛的」「理想主義的」な姿勢、あるいは「反権威的でカッコいい」生き方として社会主義思想を受け取っていました。この「マルクス・ボーイ」は、当時の文化雑誌・モダン都市文化の中ではある種のインテリ青年の新しいスタイルとして描かれることもありました。例えば、黒いセーターに丸眼鏡で、思想を口にする青年。そんなイメージが、当時の風俗描写に登場します。それは政治運動というよりも、「旧来の価値への反抗」のスタイルを体現した若者像でした。
大正~昭和の風俗を語る際によく挙げられる「モダン・ボーイ/モダン・ガール」(略して「モボ/モガ」とも呼ばれます)は、一見、「マルクス・ボーイ」的なものとは異なる文化的現象に見えますが、実はどちらも同じ大正末~昭和初期の都市文化から生まれた、青年の自己表現の2つの方向性でした。都市化とメディア環境が整い、都市部にいる一般層までがそれらを享受できるようになった時代において、若者たちは新しい社会層を形成していくのです。







