「反ワクチン主義者は、公的ワクチン接種プログラムを拒否し抗議する権利を、言論の自由や私有財産権と同じくらい基本的な権利だと考えていた」からなのです。

 ある反ワクチン主義の活動家は、合衆国憲法を引用し、「強制的天然痘ワクチン接種は『医療の奴隷』になることに等しく、憲法はそのような強制から国民を守ってくれる」と主張しました。

 ワクチン接種の義務化が人権侵害になると考える人が多ければ、裁判所の判断を否定する法律が制定されます。

「ミネソタ州、サウスダコタ州、ユタ州の裁判所が、地方の教育委員会がワクチンを受けていない児童を学校から排除することを支持した直後に、これらの州の議会は、地方の教育委員会がワクチンを受けていない児童の学校への立ち入りを拒否できないようにする法律を制定した。つまり、アメリカの政治制度は代議制民主主義だったので、ある政策がその地域の好みや考え方に合わなければ、その政策はすぐに変更されたのである」

『知の本棚』書影知の本棚』(池上 彰、新潮社)

 もうひとつが宗教的信念です。ワクチンを接種するのは、「神の御心」に反すると考えるキリスト教保守派の人たちがいるのです。この人たちは、感染症を神による罰と考えるというわけです。

「天然痘が不道徳な生活に対する天罰ならば、ワクチン接種は忌避すべきものとなる。なぜならワクチン接種は神の懲罰の意志を回避する行為であり、清潔で道徳的な生活をしようとする動機を損なうからである」

 アメリカでは、この思考法がいまも受け継がれているのです。

<ヴェルナー・トレスケン『自由の国と感染症 法制度が映すアメリカのイデオロギー』西村公男・青野浩訳、みすず書房、2021年>