経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡Photo:AI Generated/Google gemini

第2次トランプ政権の方針が新重商主義(Neo Mercantilism)」であるならば、重商主義の経済学について学んでおく必要があります。“元祖”重商主義の経済学の成立は17世紀初頭のイギリスでした。初期重商主義の代表的な論客はトーマス・マン(Thomas Mun)で、イギリス東インド会社の重役だった実務家の経済学者です。元週刊ダイヤモンド編集長が高校生向けに実施している授業「大学の経済学入門」をもとにした連載『経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡』。第4回では、まずはイギリス東インド会社とトーマス・マンの歴史(履歴)から見ていくことにしましょう。

トランプ「貿易黒字=勝利」の方針で
世界は400年前の重商主義に逆戻り

 前回までは、マルコ・ポーロの軌跡をたどりましたね。アメリカの現在の貿易政策と関税政策はトランプ新重商主義と言われている。そして、源流となる重商主義をさらに遡れば、発端はマルコ・ポーロにもあった……。そう、話しました。

 今回からは、その重商主義の初期の代表的な論客であるトーマス・マンです。400年前の人物ですが、今こそ、彼の理論や著書を精読する価値があります。その理由を解説していきましょう。

生徒B:トーマス・マンといえばドイツの文豪ですけど、イギリスのトーマス・マンなんですね。

 そうです。カタカナだと同姓同名ですが、アルファベットだとドイツの文豪はThomas Mann(1875~1955)、イギリスの経済学者はThomas Mun(1571~1641)ですからスペルが違います。

 重商主義を体系的に叙述したトーマス・マンを紹介する前に、イギリス東インド会社(1600~1874)の始まりから終わりまでを年表にして確かめておきましょう。

 イギリス東インド会社は高校の歴史の授業にも登場したと思いますが、世界史上初の株式会社として活動を開始し、アジアとの貿易を独占する勅許(女王の許可)を取得しました。やがて植民地の統治まで行ない、競合国や反乱勢力との戦いのための軍隊までもつ巨大な組織へ膨張していきます。

 19世紀に入ると徐々に本国政府が東インド会社の特権を取り上げ、アジア貿易の独占はなくなり、植民地の統治の権限は王室へ移っていくことになります(★注1)。

【イギリス東インド会社設立、商業活動開始(17世紀)】
1600年:エリザベス1世から勅許状を受領し、東方貿易(喜望峰からマゼラン海峡まで)東半球の独占権を持つ株式会社として設立(12月31日)
1612年:インド北西部の港湾都市スラトに商館(支社)を設置
1613年:平戸藩(現在の長崎県平戸市大久保町)に商館を開いた。ウィリアム・アダムス(三浦按針)が顧問に
1615年:トーマス・マン、取締役に就任
1623年:インドネシアのアンボイナ事件でオランダ東インド会社との抗争に敗れ、東南アジアから撤退、活動の中心をインドへ移す。平戸の商館を閉鎖、日本からも撤退
1639年:インド南東部の港湾都市マドラス(チェンナイ)に商館と要塞を建設
1664年:トーマス・マン著『外国貿易によるイングランドの財宝』公刊

【領土支配への転換(18世紀)】
1757年:プラッシーの戦い。フランス東インド会社軍とベンガル太守軍の連合軍と戦い、勝利。フランスは撤退、インドの支配権を確立した
1764年:ブクサールの戦い。ムガル帝国軍およびアワド太守軍などの連合軍に勝利
1765年:ムガル皇帝から徴税権などの統治権を獲得、商社から統治機関へ
1773年:英国議会が調節法(Regulating Act)制定。経営危機に陥った東インド会社を政府の統制下に置いた
1784年:インド法(ピットのインド法)制定、インド庁設置、政府の統制を強化
1786年:イギリス、マレーシアのペナン島をクダ王国から獲得

【貿易独占の喪失と会社解散(19世紀)】
1813年:インド貿易の独占権廃止(アダム・スミス以降、自由貿易主義が台頭)
1833年:中国貿易の独占権も廃止、商業活動撤退。インド統治の行政機関へ
1857年:インド大反乱(セポイの反乱)
1858年:インド統治法により、統治権は東インド会社からイギリス王室(ヴィクトリア女王)へ移管された
1874年:東インド会社解散、274年の歴史に幕

生徒C:東インド会社の始めから終わりまでの一覧表ですね。初めて見ました。

 重商主義は、基本的には金銀財宝などを蓄積し、輸出を増やして輸入を減らし、貿易黒字を確保する経済政策の考え方です。つまり、国家が高関税・独占・規制を通じて自国産業を守る保護主義の政策ともいえます。

 トランプ米大統領は2025年初頭、アメリカの貿易赤字を「これまで搾取されてきた」と主張し、中国、メキシコ、ベトナム、ドイツ、日本、韓国、カナダなど、多くの対米黒字国に高関税や安全保障上の圧力をかけて赤字是正を迫ります。貿易黒字=勝利、富の獲得、という重商主義の発想ですね。

生徒A:すると、400年前にもどっちゃったわけですか。

 そうですね。まあ、重商主義というのは歴史上ときおり浮上する考え方です。日本だって第2次大戦後から1980年代までは政府主導の保護主義的な政策でしたよ。自由化を迫るアメリカにずいぶん攻撃されたものです。

生徒C:現在と正反対なんですね。

【次ページ以降のポイント】
(1)今のアメリカが重商主義と言える理由
(2)「銀の流出批判」にマンは「貿易収支」で対抗
(3)シュンペーターも認めたマンの理論構築