だが危機から脱した後、いつしか「恐怖政治」に変わっていった可能性が高いと筆者は見ている。ポストを失う恐怖から、「イエスマン」ばかりがゴーン氏を取り巻く。すっかり社内のカリスマとなり、人事権を握るゴーン氏には誰も意見が言えない。だからこそ、長年にわたる不正に誰も気付けなかったのではないか。
「暴君」が日産にもたらしたもの
西川氏によれば、ゴーン氏が強大な権力を持ったきっかけは、2005年にルノーと日産自動車の両方のCEOを兼務したことだという。当時株式の43%を握っていた株主の代表者であり、執行権もあって、日産自動車の取締役の議長でもある。この時から権力がゴーン氏にさらに集中し、かつ、その座に長く就いていたことが今回の不正の遠因になったと、西川氏は見る。
2017年に日産自動車で発覚した完成検査不正では、発覚後にコンプライアンス教育を徹底したはずが自浄作用は働かず、発覚後も検査不正は続いていた。西村あさひ法律事務所がまとめた検査不正の調査報告書は「コスト優先で、コンプライアンス軽視か」と指摘していた。
近岡 裕『日産 最後のサバイバルプラン 転落の真因と復活への提言』(日経BP)
こうしたゆがんだ現場を生んだ最大の理由は、長年コンプライアンスを軽視し、自らはコミットメントの責任を負わず、現場の従業員からすると桁外れに高額な報酬を手にし続けた経営トップであるゴーン氏の存在なのではないか。
社内調査でめっきがはげ、逮捕により「暴君」としての結末を迎えたゴーン氏。それでもそのカリスマ性で、日産自動車の復活劇と成長をけん引してきたことは事実だ。半面、日産自動車にはコンプライアンスとガバナンスに深刻な亀裂が入っていることが露呈した。
逮捕後もゴーン氏は「全ての嫌疑について無実」であり、同氏の逮捕が「陰謀、謀略、中傷」で起きたと主張し続けた。そして、保釈中の2019年12月、特別背任および金融商品取引法違反で起訴されたまま、日本からレバノンに逃亡した。大型の音響機材ケースに身を隠し、プライベートジェットで飛び去った。有能な経営者ではあったが、日産自動車では最後まで自分に甘い人物だったというそしりは免れないだろう。







