働きすぎは苦しい。それでも、仕事をセーブすることには不安を感じる。「仕事ばかりの人生は何か違う」と思いながら、仕事を手放したら、自分には何も残らないような気もする。私たちはなぜ、仕事と自分を切り離すことができないのでしょうか。日本で17年間、新聞記者として働いた後、39歳でデンマークに移住した井上陽子さんは、「働き方は、アイデンティティに深く根ざした問題」だと話します。デンマークに根付く、仕事でも休息でもない「第3の時間」を大切にする価値観について話を聞きました。(取材・構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
写真:井上陽子
働きすぎは苦しいのに、仕事をセーブするのは怖い
――長時間労働に違和感があっても、仕事をセーブすることに対して、不安や罪悪感を覚える人は少なくありません。井上さんにも、そうした感覚はありましたか。
井上陽子(以下、井上):ありました。私は39歳でデンマークに移住するまで、17年間、日本で新聞記者として働いてきました。仕事が好きでしたし、20代、30代は仕事を最優先にして走り続けてきました。
日本で働いていた頃は、深夜まで働いたり、泊まり勤務をしたりするのが当たり前でした。平日に家で夕食を作って食べた記憶は、ほとんどありません。夜、早めに帰宅した日は、かえって居心地の悪さを感じるほどでした。長時間がむしゃらに働けることを、自分の強みだと思っていたのです。
ところが、デンマークでは、午後4時前後に仕事を終えるのが珍しくありません。企業の管理職や官僚、外科医など、日本では多忙とされる職業の人たちも、午後3時半から4時台には子どもを保育園に迎えに行きます。
私が金曜日の午後6時すぎまで仕事をして帰宅したとき、デンマーク人の知人から「金曜日に夜6時まで仕事って、何か緊急事態だったの? リラックスできなくて気の毒だったね」なんて、哀れみの声をかけられたこともあります。
――日本なら、午後6時の帰宅はそれほど遅いとは思われません。
井上:そうなんです。だから当時は、「私の働き方を否定された」という気持ちになりました。自分なりに一生懸命築いてきた生き方に対して、「そんなに働くなんて気の毒だ」と言われたように感じたのだと思います。
頭では「働く時間は短い方がいい」と理解しても、長年身につけてきた働き方は簡単には変えられません。なぜなら、働き方は単なる時間の使い方ではなく、「自分は何者なのか」というアイデンティティと深く結びついているからです。
仕事ばかりの人生には違和感があるのに、なぜ働くことをやめられないのか
――仕事ばかりの人生に違和感を抱いていても、そこから抜け出せないのはなぜでしょうか。
井上:仕事に、自分の価値を重ねてしまっているからではないでしょうか。
「ワーキズム(仕事主義)」という言葉があります。仕事に収入だけでなく、自己実現や精神的な充実も求め、仕事を自分のアイデンティティそのものとして捉える考え方です。
私自身、デンマークに暮らし始めて、自分がかなりワーキズム的な生き方をしていたことに気づきました。自分の時間やエネルギーを「仕事をする自分」に過剰に投じる一方で、親としての自分、パートナーとしての自分、友人としての自分を軽く扱っていたのです。
――仕事が自分の中心になると、仕事を減らすことが、自分の価値を減らすことのように感じられてしまうのでしょうか。
井上:そうだと思います。仕事で成果を出せなかったら、自分の価値まで下がってしまう。仕事を失ったら、自分は何者でもなくなってしまう。だから、毎日長時間働く生活に違和感があっても、手放すことができません。
デンマークの大企業で幹部として働いていた友人に、仕事と自分の関係について話したとき、こう言われました。
「もしもあなたが仕事とイコールだったら、仕事を失ったらどうなるの? 同僚が自分より優秀だったら? それだと、自分の価値が減るってこと?」
「もしあなたがうまく書けなくなったら、世界に必要にされない、ってわけ? まさか。あなたの子どもも、夫も、あなたの友達も、あなたを必要としているんだから。あなたと仕事はイコールじゃない」
とても強い言葉でした。仕事で評価される自分だけが、自分ではない。当たり前のことですが、当時の私には、そう考えるのが難しかったのです。
「休むのが怖い」のは、仕事以外の自分を失っているから
――デンマークの人たちは、なぜ仕事と自分を切り離して考えられるのでしょうか。
井上:仕事以外にも、さまざまな「自分」を持っているからだと思います。
親としての自分、パートナーとしての自分、友人としての自分、地域の一員としての自分。デンマークの人たちは、こうした仕事以外の自分も、仕事上の自分と同じくらい大切にしています。
平日の夕方に保護者が集まり、学校のクラスについて話し合うこともあります。父親も母親も参加し、子どもたちの関係をよくするために時間を使う。地域の活動や個人的な活動に熱心な人も多く、仕事とは関係のない場所にも、自分の役割や人とのつながりがあります。
一方、かつての私の生活は、「仕事」と「仕事から回復するための休息」の二つで成り立っていました。休日の過ごし方さえ、「仕事の妨げにならないか」が判断基準でした。
でも、仕事と休息の往復だけを続けていると、「仕事以外の自分」を広げるための時間がなくなります。その結果、ますます仕事が自分のすべてになり、仕事から離れることが怖くなる。そういう循環に陥っていたのだと思います。
「第3の時間」が、自分を取り戻す
――著書のタイトルにもなっている「第3の時間」とは、どのような時間ですか。
井上:デンマークには、1日24時間を「8時間の労働」「8時間の自由時間」「8時間の休息」に分ける「8-8-8」という考え方があります。
この考え方のポイントは、労働時間を短くすることだけではありません。仕事でも、仕事から回復するための休息でもない、自由な8時間を持つことです。この本では、この自由な時間を「第3の時間」と表現しました。1日を仕事のオンとオフの2つに分けるのではなく、3つに分けて考えるのです。
――「仕事以外の自分」を持つことが、仕事を失う不安からも自分を守ってくれるのでしょうか。
井上:デンマークでは、転職や解雇も珍しくありません。先ほどの言葉をくれた友人も、その後、実際に会社を解雇されました。
それでも、仕事上の評価と自分自身の価値との間には、健全な距離があるように見えます。キャリアには浮き沈みがあるからこそ、仕事以外の自分を持つことが大切だと考えているのかもしれません。
もちろん、仕事を頑張ることが悪いとは思っていません。私も、新聞記者として仕事に打ち込んだ時期を後悔してはいません。ただ、人生には、いろいろな「季節」があります。ずっと同じペースで走り続ける必要はないし、仕事のペースを落とすことに引け目を感じる必要はない、と考えるようになりました。






