夏季休暇を前に、「自分が休むと周囲に迷惑をかける」「仕事がたまるのが怖い」と感じる人は少なくありません。一方、デンマークでは、夏休みを3週間連続で取るのが一般的です。なぜ、それほど長く休んでも仕事が回るのでしょうか。短時間労働でありながら、経済も社会もうまく回るデンマークの謎に迫った話題の書『第3の時間』の著者・井上陽子さんに、「長期休暇と高い生産性を両立させる働き方」について聞きました。(取材・構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

「夏休み3週間」でも仕事が回るデンマーク、2ヶ月に1回は長期休暇なのに生産性が高い驚きの理由写真:井上陽子

デンマーク人は3週間の夏季休暇をとる人が多い

――デンマークでは、夏休みをどのように過ごすのでしょうか。

井上陽子(以下、井上):デンマークでは、年次休暇が法律で5週間と定められています。さらに、多くの企業が1週間を上乗せするため、年間5~6週間の休暇を取るのが一般的です。ほとんどの人が、それをすべて消化します。

 なかでも夏休みは最も長く、3週間ほど連続して休む人が多いです。だから、7月にデンマークを訪れると、街は「もぬけの殻」のようになります。

――3週間も仕事を離れることに、不安はないのでしょうか。

井上:長期休暇中に仕事のメールへ返信しないのは当然、という感覚です。デンマーク人である夫は、「僕は、休暇を家族と過ごすために働いている」と堂々と言いますが、「家族と過ごす時間の方が、人生のポイントであって、仕事とは究極的にはそれを支えるものに過ぎない」と考えているところがあります。

 日本で働いていた頃の感覚なら、「そんなに休んで、仕事は大丈夫なの?」と思ったでしょう。実際、デンマークに移住した当初は、休みの多さに戸惑いました。

 夏休みだけでなく、2月には冬休み、4月にはイースター休暇、5月から6月にかけてはキリスト教系の休み、10月には秋休み、12月にはクリスマス休暇があります。だいたい2ヵ月に1回、1週間以上のまとまった休みがやってきます。

 私は「また休み? これでは仕事が終わらない」と焦りました。まさか自分が「休みが多すぎる」と悩む日が来るとは思いませんでした。

「三遊間のボールを拾わない」働き方

――デンマークでは休暇が多く、労働時間も短い。それでも、生産性の高い仕事ができるのはなぜでしょうか。

井上:一つには、誰が何を担当するのかが明確で、自分の仕事に集中しやすいことが挙げられます。

 日本の大企業で中間管理職を経験した後、デンマーク企業でソフトウェアエンジニアとして働くようになった日本人男性に話を聞いたことがあります。彼は両国の働き方の違いを、「デンマークでは、三遊間のボールを拾わない」と表現していました。

――「三遊間のボール」とは、誰が担当するのか曖昧な仕事のことですか。

井上:そうです。日本の職場では、「このまま見過ごしたら、後でバグが起きそうだ」といった問題に気づき、自分の担当でなくても率先して対応する人が評価されることがあります。

 先ほどの男性も、日本で働いていた頃は、やれることはすべてやろうとしていたそうです。その結果、ピーク時には月80時間ほど残業していました。

 一方、デンマークでは、専門性に基づく「ジョブ型」の採用が一般的です。自分の職務範囲が明確に決められていて、その範囲で成果を出すことに責任を持ちます。そのため、自分の担当ではない仕事には、基本的に手を出しません。

――日本の職場と比べると、少し冷めた働き方にも見えますね。

井上:確かに、そうかもしれません。しかし、そもそも労働時間が短いので、自分が本当に価値を出すべき仕事に集中しなければ、時間はすぐになくなってしまいます。

 先ほどの男性は、仕事を「ないと成立しないこと(must have)」「あるといいこと(nice to have)」に分け、後者は基本的にやらないと決めたそうです。

 日本では、「これもやったほうが、もっと親切だ」と考え、仕事をどんどん増やしてしまうことがあります。一つひとつは小さな作業でも、それが積み重なれば、当然、労働時間は長くなります。

 もし、誰の担当でもない「三遊間のボール」が頻繁に転がってくるのであれば、そのたびに気づいた人が引き受けるのではなく、マネジメント側が新しい担当者を置くべきだと考えるのです。

上司の「ダブルチェック」が少ない

――職務範囲が明確だと、仕事の進め方も変わるのでしょうか。

井上:デンマークの組織は階層が少なく、非常にフラットです。そのため、一つの仕事を何人もの上司が繰り返しチェックすることがありません。

 日本では、自分が仕上げた仕事を上司がチェックし、さらにその上の上司がチェックすることがありますよね。何度も修正を重ねてからクライアントに出し、先方から修正を求められれば、また上から下へ仕事が戻ってくる。こうしたやり取りを繰り返すうちに、完成までに長い時間がかかります。

 一方、デンマークでは、基本的に自分の仕事は自分で仕上げ、そのまま外に出します。上司には上司の仕事があり、部下の成果物を細かくチェックすることは上司の仕事ではない、と考えられているからです。

 上司や同僚と仕事が重なる部分が少ないので、誰かの確認を待つ必要がありません。自分で判断し、どんどん仕事を先へ進められます。これが、短い労働時間でも仕事が速く進む大きな理由です。

――日本企業からデンマーク企業に移った人は、戸惑わないのでしょうか。

井上:最初はかなり戸惑う人も多いようです。

 自分の仕事の成果がはっきり見えて、失敗したときの責任も明確です。そのため、初めはドキドキすることもあるようですが、上司に何度も修正されるフラストレーションがなくなった、という話も聞きます。

 日本では、自分が出したものを上司が修正し、それをクライアントに提出した結果、結局やり直さなければいけないことがあったと言います。本人からすれば、「最初の案のままでよかったのではないか」と感じますよね。

 デンマークでは、自分が考えたものを自分の判断で完成させ、そのまま出します。うまくいけば、自分の判断や実力が成果につながったことがはっきりわかる。若い人にとっても、仕事への自信を持ちやすい働き方かもしれません。

 逆に日本では、なぜマイクロマネジメントになるかというと、部下が質の低い仕事をすれば、上司の責任だと考えられているからではないでしょうか。デンマークでは、そういう風には考えません。もし、担当者が何度か機会を与えられても求められる水準の仕事ができなければ、その仕事に適性がないと判断され、職を失うこともあります。労働時間が短い反面、日本の職場に比べると厳しい面もあります。

労働時間が短いからこそ、「最重要な仕事」に集中するしかない

――休暇が多いことが、かえって仕事の効率を高めている面もあるのでしょうか。

井上:そうだと思います。デンマークでは、上司も「部下にこの成果を求めたい。しかし、使えるのは週37時間だけ」という前提で、割り振る仕事を厳選します。

 働く人の側も、限られた時間のなかで、人件費に見合う価値を生み出さなければなりません。そのため、「できることは全部やる」のではなく、「最も重要なことは何か」を常に考えます。

 長期休暇で3週間休むことが先に決まっていれば、それを前提に、限られた時間で何を成し遂げるべきかを考えざるを得ません。

 デンマークの短時間労働を支えているのは、一人ひとりが特別に高いスキルを持っているからではありません。それぞれの責任範囲が明確で、価値の高い仕事に集中できる。そうした合理的な働き方が、長い休暇と高い生産性の両立につながっているのだと思います。