
『風、薫る』の癒やし・吉江(原田泰造)
「なんで捨てたの?なんで名前もつけてくれなかったの?」
聞きたいことも言いたいこともたくさんある。親がいないせいで、どんなに大変だったか――。
「謝って抱きしめてほしかった」
「おっかさんって呼んでみたかった」
心に秘めていたことがどんどんわいて出る。
それは吉江がただただ彼女の言葉に耳を傾けているからだ。直美の思いをじっと涙目で聞いている。
『風、薫る』ではほとんどの登場人物がすきあれば自分語りをするなかで、唯一、自分の話をしないで他者の話をじっと聞いて、適切な合いの手で、さらに引き出すのが吉江である。
吉江の寄り添い方が理想的であることを見せつけるのはそのあとだ。
直美が母に対する複雑な思いに胸を痛めていると、彼はこんなことを言う。
「さっき、ぼーっと寝坊してきた直美さんを見て安心しました」
いま、直美は、母に捨てられて自分が苦労してきたことを母にぶつけたいのに、その母は実母であることを認めない。
自分の思いを受け止めてくれないことに苦しんでいる。そのとき「ぼーっと寝坊してきた」という脱力な話題を振るのである。
苦労して、落ち着ける私生活もなかった直美が、いま、ぼーっと朝寝坊できている。直美ががんばったから、友人や家族を得られた。
「自分で幸せになったんですよ」
「もっともっといくらでも幸せになってほしい」
他者の話に耳を傾けたすえ、ようやく自分の意見を言う。でもそれもあくまでも直美を肯定する言葉だった。これは“ベスト・オブ・傾聴”。
話を聞くのがうまい人は、会話の途中で答えを急がない。最後まで耳を傾け、最後に相手を肯定する。聞くことと肯定すること。そのふたつがセットになることで抜群の効力を発揮する。
吉江の気遣いと原田泰造の名演技が相まって、直美の心も安定したことだろう。
吉江を見ていると、伝説のCMキャラ「ビューネくん」を思い出す(編集部注:メナードの化粧品「薬用ビューネ」のテレビCMに登場するキャラクターのこと)。
拙著『みんなの朝ドラ』では朝ドラに出てくる主人公の相手役はたいてい「ビューネくん」であると書いた。「慰めて抱きしめる」がモットーの化粧品の妖精みたいなキャラで、仕事に疲れた女性が帰宅し、化粧を落としたあとのスキンケアを擬人化したものだ。疲れた主人公の愚痴を聞き、慰めて抱きしめてくれる。
藤木直人、松田翔太、竹内涼真などが歴任してきた。『風、薫る』のシマケン(佐野晶哉)や小川(甲斐翔真)もビューネくん路線ではあるが、主人公の疲弊した心を抱きしめる包容力にはいささか欠けている。吉江こそ、抱きしめこそしないが、『風、薫る』における精神的ビューネくんではないだろうか。
ちなみに、朝ドラにおける『ビューネくん』の最高峰は『カーネーション』(10年度後期)の綾野剛や『あさが来た』(15年度後期)の玉木宏とディーン・フジオカだと筆者は思う。
それにしても、このまま文は真実を明かさないのだろうか。
カーテンを開けて、化粧台に向かった文は、ふと、キャニスターに目をやる。これは何?今週のどこかで文は直美に心のカーテンを開けるだろうか。








