それは主義? はたまた事情??
「AかBか」という主義が分かれそうなトピックをあらためて考える、人気エッセイストの古賀及子さんによる書き下ろし新刊より抜粋・再構成して公開します。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
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前回≫7/25公開、なぜ朝食はご飯よりパンなのか? あまりに身もふたもない理由【古賀及子さん書き下ろし(2)】
彼らはしっかりパンを熱望している
家庭内では私よりもずっと、子どもたちの方がロマンと欲求から純粋に、朝はパン派であると言える。
彼らはしっかり朝はパンをと熱望している。
「あ、パンがない、買ってこないと明日は朝がご飯になっちゃうな」と私が言うと、娘などは「パンがいい、パンがいいよう」と気弱になるくらいだ。
私は朝が得意で朝から胃腸も活発で元気、三食のなかではいちばん朝食が消化しやすい実感もある。
娘はきれいに仕上がって夜型の性質だ。朝はご飯だと食べづらい、パンなら入って行きやすいのだと言う。
いつかは、ジャムをぬるとよりパンがしっとりして、そのままよりも喉をすんなり通るとも言っていた。
もし件名が「おいしいおいし~いパン」だったら
と、朝食としてのパンには消極的選択の側面を感じてはいるけれど、そもそもパンには敬意と愛情を感じている。
パンが好きだ。大好きだ。
お菓子をくれると言われても、知らない人についていってはいけないよ、とは、子どもに対する大事な警句だけれど、私は人からパンをあげましょうと言われたらついていってしまう自信がある。
まだマッチングアプリなどはない◯◯年代、当時は出会い系サイトと呼ばれていた、ネット上で知らない人物と知り合うサービスを使って、私はよくデートをしていた。
メールのやりとりを続けるなかで、どうもこの人とはうまくいきそうにないなと直感した方がいて、けれど向こうは可能性があると思ってくれたようで、会ってみませんかとお誘いをもらった、そのときのメールの件名が、「おいしいおいし~いハンバーグ」だった。
おいしいおいし~いハンバーグか……と口の中で味を想像しながら、メールのやりとりを思うと気後れして結局それきりになってしまった。
そうして、もしあの件名が「おいしいおいし~いパン」だったら、私は行ったかもしれないということを、パンの魅力について考えるたびに、いつも思い出す。
私を、いや、人をおびきよせる食べ物について考えたとき、それは、何よりも、パンではないか。パンはふかふかしてやわらかい。甘い。優しく香ばしい香りには安心の気分がある。
ちゃんと私は面倒くさがった
近所にパン屋ができたことによって太ったというのはよく聞く話で、圧倒的に信ぴょう性がある“あるある”だと思う。
同じような話で、パンの焼ける匂いで起きる朝は最高とも、よく聞く。パンには、人を眠りから現世へおびきよせる力もあるのだろう。
ところで、私にはホームベーカリーを手放した経験がある。友人に譲ってもらったにもかかわらず、使い切れずに実家の母に託したのだ。
母は私たち子どもが育ちきってからパン作りに目覚め、めきめき腕を上げて今やさまざまな種類のパンを上手に焼き上げる。
手練れにはホームベーカリーは不要かもしれないけれど、あればそれはそれで便利なようだ。せっせと焼いて、ついでがあると私のところまで届けてくれる。
私がホームベーカリーを使い切れなかったのは、恥ずかしながら要するに面倒くさかった。
譲ってもらってからしばらくの間は鋭意取り組んだ。朝に焼けるパンの匂いで目を覚ますのは得難い、すばらしい経験だった。
けれど、それを超えて、ちゃんと私は面倒くさがった。
パンは大好き、でも好きというより準備が楽、それで結局朝はパン派、というわけだ。
(おわり)





