それは主義? はたまた事情??
「AかBか」という主義が分かれそうなトピックをあらためて考える、人気エッセイストの古賀及子さんによる書き下ろし新刊より抜粋・再構成して公開します。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

暮らしの信じ方Photo: Adobe Stock

カットだけでヨックモックのシガールが出てきた

 美容院で、施術中に飲み物が出ることはよくあるけれど、そこにお菓子までつけてくれる店がある。

 いちばん最初に体験したのは五年ほど前か。

 ちょうど仕事の忙しいころで行きつけの美容院になかなか行かれず、髪を伸び散らかしてしまった。そろそろ切らないといけないけれど、予約を取るにはスケジュールが見えないなあと困っていたとき、急に出先でぽかっと時間があいた。

 今しかないと、近くの美容院を検索し、すぐ行けるところを探して電話して、飛び込むように入った。

 最近オープンしたばかりだという、若い美容師さんがふたりでやっているらしい小さなお店だった。久しぶりに人にシャンプーしてもらって、丁寧なカットですっかりさっぱりした。

 ブローの前にお飲み物をお出ししますが、コーヒーと紅茶とお水どれがいいですかと聞かれ、コーヒーを頼む。

 この時点で、すこしおやと思った。

 私の経験上、カットのみの利用で飲み物が出てくることはあまりない。時間のかかるカラーやパーマを依頼して、はじめて登場となることが多かった。

 カットだけでコーヒーがもらえるなんて、さっきまでずっとばたばたしていたし、ありがたいなあと思っていると、カップに入ったホットコーヒーと一緒に、ヨックモックのシガールが出てきたのだ。

 えっ。

 そもそもコーヒーがありがたい、そのうえお菓子までついてくるのははじめてだし、繰り返すがヨックモックのシガールである。

 ちょっと待て、それは会社を辞める人が、最終出社日の挨拶回りで配るやつではないか。スーパーでは売られない、贈答菓子だ。

 ラングドシャをいったいどういう技術でか丸めて焼いた夢のような形状、バターの香りをこんなに品良くかがせてくれるお菓子はない。あの筒から吸う空気が気体の中でいちばんおいしいとは、よく聞く話だ。

「えっ! いいんですか!」と驚けていたら

 貴族が出入りするような価格ではない、相場に照らし合わせても一般的な店だった。新規開店ということもあって、手厚いサービスをという気概があってのことなのだろうか。それとも、美容師さんたちがお菓子の好きな人たちなのかもしれない。

 驚愕しながら、並行して私は、しまった! と思った。

 出してもらったときに、ちゃんと驚けばよかった。

「ヨックモックのシガールじゃないですか! いいんですか!」などと。

 けれど驚いたのは内心だけで、様子としては普通に「どうも」と、完全に平常心を装ってしまったのだ。

 こうなると食べづらい。ちゃんと「えっ! いいんですか!」と驚けていたら「わあ、ありがとうございます! 早速いただいちゃいますね~!」なんて、元気に食べられたのに。

 シガールを、すんとすまして食べるなんてことが私にできるとは思えない。

 そのあいだも、美容師さんはてきぱきと髪を乾かしていく。乾き切る前に食べないと、施術は終わる。

 万事休すではないかこれは。