国家同士の戦争でもそうです。戦争では顔のみえる個人ではなくて、観念的で漠然とした民族や国民が仮想敵として作り上げられます。
顔がみえず、実体のない観念だからこそ、いくらでも憎悪や恐怖の対象となります。身近でも、転校生や新人、同僚の顔を知らないだけで、勝手に意識して恐れ、身構えた経験がある人は多いのではないでしょうか。
大人に反発した兄弟は
挨拶も会話もやめてしまう
子どもの側から挨拶を破棄する典型例は映画監督の小津安二郎(1903-63)の『お早よう』(1959年)に撮影されています。
『お早よう』は、多摩川の新興住宅地を舞台にした作品です。白黒テレビが欲しい小学生の実と勇という2人の兄弟は、お母さんとお父さんにテレビをおねだりしても、すげなく断られてしまいます。諦めきれない2人は、子どもが口答えするたびに「黙れ」という大人に反発して、熱くなっていくうちに、挨拶はおろか一言も口をきかないことを腹に決めます。
敬太郎(父):「それが余計だっていってるんだ。」
実(子):「だったら大人だって余計なこといってるじゃないか。コンチハ、オハヨウ、コンバンハ、イイオテンキデスネ、アアソーデスネ……」
敬太郎:「馬鹿」
実:「アラ、ドチラへ、チョットソコマデ、アアソーデスカ。そんなこと、どこいくかわかるかィ。アア、ナルホド、ナルホド。何がナルホドだィ!」
敬太郎:「うるさいッ!黙ってろッ!男の子はペチャクチャ余計なこと喋るんじゃない!ちっと黙ってみろ!」
実:「アア、黙ってるよ。2日でも3日でも……」
民子(母):「アア、その方がいいわ。お母さんも助かるわ。」
誰もが暗い戦争の生傷を抱えていた昭和30年代の日本は、まだまだ家父長的な男尊女卑の社会です。今からすると、問題のある親子の会話にきこえるかもしれませんが、子どもが「黙っていろ」と怒鳴られることは日常茶飯事でしたし、敬太郎と実の親子の仲も決して悪くありません。
問題は、いつの時代も子どもは大人のすることをジッとみていて、その真似をするということです。







