とはいえすぐに成功したわけではなく、大手出版社に持ち込んだ際には技術の未熟さを指摘されて採用されず、ハードルの低い貸本マンガでデビューします。原稿料が入るまでの間は特に厳しい生活が続きました。2、3年貸本で描きつつ技術を磨いていると、今度は大手出版社から声がかかり、本格デビューとなりました。
『ベルサイユのばら』は華麗な絵柄であるばかりでなく、マンガとしては立体的な表現が工夫されており、またスタイル画的なポーズの大きな絵を、物語の文脈の中で描くなど、工夫が凝らされていました(60年代の少女マンガでは、主人公が華麗な衣装を着たスタイル画が物語の筋とは無関係の独立したグラビアのように挿入されているケースがほとんどでした)。
フランス革命の裏で育まれた
オスカルとアンドレの禁欲的な愛
物語は、ブルボン朝後期のルイ15世治世下、フランス王国にオーストリア帝国のマリア・テレジアの皇女マリー・アントワネットが、フランス王太子(のちのルイ16世)に嫁ぐところからはじまり、ルイ15世の愛妾が牛耳る宮廷での生活やルイ16世即位後の豪奢で空虚な生活、アントワネットの不倫の恋、無思慮による濫費と国家の疲弊、そしてフランス革命とその後の顛末までを描きます。
物語構成の基調は、伝記文学の大家シュテファン・ツヴァイクの『マリー・アントワネット』を参考にしていますが、池田のオリジナリティー、そして読者最大の熱狂ポイントは、武官貴族の家系に生まれ、女性ながらフランス近衛連隊ベルサイユ常駐隊付の将官を務めるオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェの造形にあるでしょう。
オスカルは王と王妃に仕え、その人柄や愛らしさを大切に思いながらも、困窮する民衆にも思いを致します。そんなオスカルを支えるのは忠実な従卒アンドレで、2人は禁欲的な愛をお互いに抱いているのでした……。
ラブロマンとしての読みどころはこのオスカルとアンドレの恋であり、政略結婚で恋を知らなかったアントワネットとスウェーデン貴族フェルゼンの禁断の関係です。また王妃の不倫に気づきながら、それを咎めずにいるルイ16世の悲しい愛情も哀れを誘います。
『恋愛少女マンガ全史――ラブコメと若者文化の変遷を探る』(長山靖生、筑摩書房)
彼らの人物造形や革命家のロベスピエールらの描き方にはツヴァイクの他の著作、たとえば『メアリー・スチュアート』や『ジョゼフ・フーシェ』も参照されているように思います。
壮大な歴史劇である『ベルサイユのばら』には、その一方で当時の日本社会に対する思いも込められていたのかもしれません。池田が大学生だったのは学園紛争が激しかった時期で、親世代との価値観のずれに苦しんでいた池田も共産党系の民主青年同盟(民青)に所属しており、フランス革命の描写にもそうした思想が反映しているでしょう(こちらはブルジョワ革命ですが)。
池田はその後、名門女子高の特権的な社交クラブの、同性愛的な友情や嫉妬の世界を描いた『おにいさまへ…』(『週マ』74年12~39号)などを経て、『オルフェウスの窓』(『週マ』75年4・5合併号~76年32号、『月刊セブンティーン』77年1月号~81年8月号)では再び異性装の主人公を据えて、ベル・エポックから第1次世界大戦、そしてロシア革命期の動乱を描きました。この作品もまた堂々たる歴史大ロマンであり、苦しい恋の物語です。







