母と娘写真はイメージです Photo:PIXTA

1990年代の少女漫画には、「理想の母」という流行があった。こうした物語において母娘の仲はよく、家庭は明るい。しかし、文芸評論家の三宅香帆は、フィクションの世界で「理想の母」が描かれることにはある危うさがあると指摘する。※本稿は、『娘が母を殺すには?』(三宅香帆、PLANETS/第二次惑星開発委員会)の一部を抜粋・編集したものです。

「母=専業主婦」の家庭観に
作者も読者も違和感を覚えだした1990年代

 常識から外れていて、親らしくなく、ときには主人公である娘のほうがハラハラしてしまう、しかし愛すべき、明るくて自由な母親――1990年代の少女漫画には、このような母親が多く登場していた。

 なぜ1990年代に、「自由な母」の登場する少女漫画が流行したのだろう?

 そこにはふたつの要因がある。

 ひとつめは、1986年の男女雇用機会均等法の施行である。少女漫画の読者の母親世代に、「働く女性」が増え始めていた(実際、少女漫画家は「働く女性」そのものである)。その結果、従来の専業主婦を当たり前とする家庭観に、読者も作者も違和感を覚え始めたのだろう。

 実際、1990年代の少女漫画では、リベラルな家庭像を描くことが流行した。たとえば『ママレード・ボーイ』(吉住渉、集英社、1992~1995年)は、父母を入れ替えてW再婚するという親の離婚を許容する物語を描く。『Papa told me』(榛野なな恵、集英社、1987年~)や『カードキャプターさくら』(CLAMP、講談社、1996年~)では、シングルファザー家庭が理想的な家庭像として描かれた。さらに『こどものおもちゃ』(小花美穂、集英社、1994~1998年)も、自由で血縁のない母親が登場し、家族の問題を描きながら「伝統的戦後中流家族モデルへの反抗」をテーマとする。

 これらはどれも、伝統的な家庭観を打ち破る物語だ。その中心に「自由な母」が登場し、伝統的な専業主婦像を打ち破っていた。

アダルト・チルドレンブームと「親から受けたトラウマ」を
テーマにした物語の流行

「自由な母」が登場する少女漫画が流行したふたつめの理由は、「アダルト・チルドレン」という言葉が広まったことにある。「アダルト・チルドレン」という概念は、親は自分を庇護してくれるだけでなく、自分を傷つけ得る存在であることを、広く知らしめた。

 結果として、「親から受けたトラウマ」という主題に共感する読者が増え、そのような物語が増えていった。たとえば、1995~1996年に『新世紀エヴァンゲリオン』を制作した庵野秀明監督は、1998~1999年に少女漫画『彼氏彼女の事情』をアニメ化しているのだが、『彼氏彼女の事情』にも、幼少期に両親から受けた虐待によって、心の傷を抱えている少年が登場する。これもまさに、「アダルト・チルドレン」をテーマにした作品である。