なぜそうなっているのかというと、22年の秋頃から、中国の富裕層が日本に移住するようになって、彼らが自分のお店を持つようになったからだ。

 富裕層の一部はコロナ禍の際、中国のゼロコロナ政策や情報統制、経済の悪化などを理由に中国を飛び出し、日本に移住するようになった。

 いわゆる「潤」(移民、移住という意味の中国の新語)という現象だ。

 彼らは日本の在留資格「経営・管理」を取得してやってくるが、この資格を取得するには、日本で起業しなければならないという条件がある。25年10月から取得要件が厳格化されたが、それまでは裏の目的「日本移住」のために、同在留資格を取得する人が多かった。

 彼らは日本で貿易、民泊、中華料理店などを経営する。しかし、中華料理店経営の場合、料理業界に詳しいわけではないので、店のコンセプトや運営などは全部社員に丸投げだ。

 そのため、ガチ中華を出店しても、人気店にならないどころか、同じ中国人から「美味しくないよ」という評価を受けてしまうこともある。

 むろん、美味しいガチ中華なら生き残る。以前は池袋や新宿がガチ中華の中心地だったが、最近では上野、小岩、北千住、蒲田などにも増えてきた。これらの町はガチ中華の激戦地だ。

 日本国内なのに「アウェイ感」をひしひしと感じる日本人は、ガチ中華の激戦地に行き、そこで行列ができているような人気店に入ればハズレなし、といえる。

ガチ中華は在日中国人社会の
変化を映している

 それにしても、ガチ中華の進化は目覚ましい。それは中国の中華料理が停滞せず、常に進化していることの表れでもある。

 日中の情報や流行の時差がほぼなくなっていることも意味していると思う。中国で流行ったものは、すぐに日本にも伝播する。日本で大物俳優の事件が報道されたら、10分後に中国メディアが後追いし、中国で拡散されるのと同じだ。

 日本の町中華は「ずっと変わらない味」「安定の味」が魅力だが、ガチ中華は常に「中国」や「在日中国人社会」の動向に合わせるように激しく変化している。

 日本では町中華であっても老舗は尊ばれるが、中国には老舗と呼ばれる店はそもそも少ない。

 中国では30年続く店もまれだ。店の歴史にかかわらず、客の舌を満足させられるかどうかがいちばん大事で、「100年の老舗」は中国では誉め言葉ではない。いま繁盛しているかどうか、それが大事だ。

 飽きっぽく、舌が肥えた中国人を満足させるのは並大抵のことではないが、それがガチ中華の魅力でもある。

「日本のなかの『中華料理』」の変化は中国のそれに比べたらとても小さいものだが、それでもいまの時代は、中国に行かなくとも本場の味を堪能することができる。つくづく便利な時代になったなあと思う。