
りん、赤痢の村へ
あいかわらず、りんは他者の話を無視して、自分の話をしだす。校長が生徒に話をしているときに、割り込んでくるというのは、なかなかである。これだけ何度もこの行為(いわゆる「会話泥棒」)が繰り返されるのは、あえてそう描いているとしか思えない。
「会話泥棒」は困った人の代名詞のように語られがちだ。りんをいまどきの困った「会話泥棒」として見ることも可能ではある。だが、もう少し、考えてみよう。これまでのりんを見ていると、場の空気を察するよりも「いま動くべきだ」という思いを優先している。
それがときにはいいことにつながることもある。いまこの瞬間の思いで動く、それだけ単独で見れば、長所にもなるのだと考えさせられる。
第88回で横沢(井上祐貴)が「人生の岐路に立つたびに人の道を外れてきたんですね」「同じ道を歩く人ばかりでは、社会は新しくなっていきません」と言っていた。りんはすこし一般常識からはみだした人なのだ。でも、それが、彼女の良さでもある。
校長はりんが看病を手伝うことで感染し、生徒にも感染することを心配する。
「さらに広まれば元も子もありません」とりん。校長が生徒に話しているところを邪魔したうえ、自分が勝手に断っていたのに、校長が止めたような雰囲気に見える。
だが校長先生はそんなりんを咎めることなく、「早い夏休みを認めます」と看護に行くことをあっさり許可する。しかも休み中の行動には関知しないと。
りんはちょっと風変わりな言動をするが、根は善人なので、校長も認めざるを得ないのだろう。でも舎監の代わりはどうするんだろう。ほんとは別にいなくていい仕事なの? 視聴者的には釈然としないが、ドラマの世界では問題なく物事が進んでいく。
許可をもらってさっそく看護に出かけるりんに、生徒たちは心ばかりのお餞別を差し出す。5人中、3人が水飴であった。
主題歌明け、りんは避病院(伝染病専門の隔離施設)に向かう黒川を追いかける。
荷車にいろんな物資を運んでいる黒川。付き従っているのは、病院の看病婦・伊藤マル(清水緑)、五十嵐染(大浦千佳)。このふたりはきっと貧しさゆえにこの仕事をしている旧来の人たちなのだろう。不安そうな顔をしている。
「私たちが伝染しないことが患者さんを救う第一歩だと教わりました。私が学んできたことは全てお伝えします」
決死の覚悟で身支度をしていると、手伝っていた男性は逃げてしまった。
伝染病が恐れられているのは、栃木の頃と変わらない。







