この反腐敗キャンペーンは、収賄行為や党規律違反に対する単純な摘発というより、党中央の指示に従わない高官の粛清や党内の引き締めを目的とする一種の政治闘争だった。摘発対象の人物が自殺や獄死に追い込まれたり、不十分な証拠のみで罪を問われたりした事例も多かったとみられている。

 ゆえに、当時は党内でもキャンペーンの行き過ぎに対する懸念が存在した。

 たとえば、2014年12月29日に『中国共産党新聞網』に掲載(『天津日報』から転載)された「明朝洪武年間の腐敗摘発の嵐」という論説記事が興味深い。

 こちらの文章は、腐敗摘発それ自体は肯定的に論じているが、よく読んでみると、明代初期の大規模摘発事件(空印の獄)で大量の冤罪が発生したことや、独裁君主である洪武帝の処罰が法的根拠を欠いた恣意的なものだったことを指摘する内容である。

 当時は中国国内の言論にまだ比較的自由が残っており、党内も習近平の礼賛一色には染まっていなかった時期だ。この論説記事は、洪武帝の空印の獄を持ち出すことで、習近平のキャンペーンの暴走に釘を刺そうとした文章なのである。

 いわゆる指桑罵槐の手法で、直接的な批判がはばかられる相手に文句を言いたいときに、中国人がしばしば用いる政治的テクニックだ。

張居正の人事考課が
官僚を暴走させた

 ほか、洪武帝ほど多くはないものの、2018年ごろからは明代後期の鉄腕宰相・張居正を論じる言説も増えた。

 これがみられるのは党の文献よりも学術論文が多く、腐敗摘発や財政再建に強い姿勢で臨んだ張居正を褒める内容が目立つ。当時はすでに習近平の独裁体制が固まった時期であり、張居正を引き合いに出して現政権の強権的な姿勢を肯定する意図を感じさせる文章が多い。

 面白いのは、2019年1月に中国人力資源・社会保障部(厚生労働省に相当)の雑誌『中国培訓』に掲載された「明代『考成法』とその現代的価値」という論文だ。ちなみに考成法とは、張居正が制定した官僚の人事考課制度のことである。

「(考成法から現代中国が学ぶ教訓は)勤務評定の変質を避けて『GDP成長優先主義』を排し、勤務評定における政府の効率性の向上を目指すべしという点にある」

 論文の本文にはこんな記述がある。まがりなりにも明代史の論文なのに「GDP成長優先主義」という生々しい政策用語が出てくるのが現代中国流だ。