張居正の考成法は明朝の財政を一時的に好転させたが、地方官僚に徴税や治安維持のノルマを課したことで、やがて現場が暴走。天災や飢饉でも目標徴税額を満たすための苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)が横行し、さらに囚人の摘発人数のノルマ達成のために無実の人間が拷問で有罪にされるケースも続発して、民を大いに苦しめることになった。
政権が設定した数値目標が絶対化することで、現場の官僚たちが出世や保身のために極端な行動に走るのは、中国の官僚体制下ではよくある話だ。
1950年代の毛沢東時代の大躍進政策の失敗は言うまでもない。また、改革開放政策のもと、地方官僚の評価基準としてGDP成長率が重視された結果、江沢民・胡錦濤政権時代に各地でハコモノ行政や乱開発が横行したことも、やはり同様の構図から説明できる(上記の考成法の論文は、前代のGDP最優先主義からの転換を打ち出す習近平政権を支持する内容なのである)。
ゼロコロナで再現した
数値目標の暴走
もっとも、この考成法の論文が発表された翌年、習近平政権下でも極端なノルマの暴走が起きた。2020年から約3年間続いたゼロコロナ政策だ。
この政策のもとでは、地方官僚に対して新型コロナウイルスの感染を絶対に広めないことが求められた結果、非人道的な感染者隔離や居住区のロックダウン、全住民に行列をつくらせる煩瑣なPCR検査が頻発されるなど、合理性に欠けた処置が全国で横行した。
経済を半ば無視してロックダウンとPCR検査に邁進した結果、各地の地方政府の財政は深刻なダメージを負った。
やがて、感染力が高く無症状感染者も多いオミクロン株が流行した2022年春ごろからゼロコロナ政策は限界に達し、同年11月には習近平体制下で初の大規模な反体制運動となる白紙運動が勃発。政権側は慌ててゼロコロナ政策を撤廃したが、権威は大きく傷ついた。
ゼロコロナからウィズコロナへの準備なき転換の結果、ワクチンを接種していない高齢者層を中心にコロナ感染による大量の死亡者が出たことも含めて、この政策が中国の民心に与えた負の影響は計り知れない。コロナ後、世界中の経済アナリストが中国経済のV字回復を予測したにもかかわらず、景気が回復せず閉塞感が強まっている一因も、ゼロコロナ期に拡大した人心の荒廃や社会不信が大きく関係している。
『中国ぎらいのための中国史』(安田峰俊、PHP出版)
考えてみれば、2013年に成立した習近平政権下では、反腐敗キャンペーンに際しての洪武帝ブーム、一帯一路政策に対する鄭和の政治利用、張居正を引き合いに出した体制肯定言説の横行と、過去の歴史の順番通りに明代の人物へのスポットライトが当たっている。
そのうえで2023年、明の最後の皇帝である「勤勉な亡国の君主」崇禎帝が注目されたのは、ちょっと皮肉なめぐり合わせだろう。
明朝の末期と比べれば、現在の習近平政権はまだまだ強靭だ。しかし、中国経済の悪化にともなう政治や社会の綻びは、ここ数年で静かに広がりつつある。
崇禎帝の書籍の発禁処分は、そんな風潮に対する当局の過剰反応だったのだ。







