一番怖いのは…感染症が広がる極限状態で見えてきたもの〈風、薫る第93回〉

何言ってるのかわからない主人公

 誰も見てないなかで、深く頭を下げる直美。このときの上坂樹里の口跡がとてもよく、言葉が明晰で、声ものびやかで聞き取りやすい。俳優としていい資質を持っている、あるいはしっかり訓練してこの大役に臨んでいると感じる。

 懸命に呼びかけるが反応がない。直美は肩を落として去っていく。村人たちはそっと隠れて、直美の言葉を聞いていたのだが……。

 病院内では、久しぶりに、女性ヴォーカルの癒やし感満載の清らかな劇伴がかかる。懸命に看護している看病婦たちの姿をみつめるりん。

「どうした?」と帰ってきた直美が訊くと、

「あ。うん。なんか、なんか…看護をして、信じて命を預けてくれて。人を看てるんだなあって。人だって」

 す、すごい、すごいセリフだ。一聴して、何を言ってるのかわからない。

 いや、感覚ではわかる。噛み締めてみれば、解釈は可能である。看護する人も、される人も、同じ人。信頼関係で結ばれているのだというようなことだろう。

 伝染病だからといって忌み嫌ってもののように扱わず、丁寧に誠実に看病すれば、回復してくる。技術や知識は無論大事だけれど、まず、心が大事だとりんはしみじみ思っているに違いない。

 伝えたいことはもっともだ。でもその表現の仕方が斬新だ。ここは、もう少し誰でもわかるような言葉遣いを求められそうなところだろう。ところがあえて、日常ではありそうな、うまく言葉にできない状況を再現しようとしている。

 確かに、うーとかあーとか言い淀んだり、論理的に語れず、行ったり来たりしたり、うまく言葉にできない人がいたとして、何言ってるのかわからない、と突き放してしまっていいものだろうか。

 いや、いいわけない。この人はうまく言葉にできないだけで、いろんな思いを抱えているのだと、それをわかろうとするワンアクションがこの社会には必要だ。

 とりわけ、患者さんの場合、言葉にできないことがある。医療従事者は観察して、患者さんの真意に気づくことが大事な仕事であることは、バーンズ先生(エマ・ハワード)が最初に説いていた。

 りんは、看護婦として相手を慮る側であると同時に、うまく言葉にできず、誰かに察してもらう側でもある。両義性をもった複雑な主人公という難しい役を造形しているところが、このドラマの興味深いところだ。

 そうして看護を続けていると、村の女性たちが手伝いにやってきた。

 こういうとき、女性たちが行動することが強調されている。男性陣は、悪口や批判ばかり言って遠巻きに見ているだけの人が多い。あくまでこれはこのドラマ上での描写であり、女性ばかりが勇気があって、男性たちは無慈悲だというわけではない。念のため。

一番怖いのは…感染症が広がる極限状態で見えてきたもの〈風、薫る第93回〉