――この問いについて、社会学的な観点から答えた研究がすでに存在する。
東アジア圏の母性の在り方を研究した社会学者の瀬地山角は『東アジアの家父長制ジェンダーの比較社会学』を著した。本書の中で瀬地山は、欧米と比較して、日本は、家事役割のなかでも子どもの世話が女性に求められる役割として強いことを指摘する。
そしてその理由として「近代家族を支える軸としての夫婦愛の弱さ」「子供が父系血縁のなかに一人飛び込んだ孤独な存在たる嫁を唯一守ってくれる存在であること」を挙げる(注1)。
つまり近代家族の形成過程で、夫婦愛が希薄になった。そして情緒化は子どもにのみ特化し、「母役割を重視する家父長制」が形成されたのである。戦後、夫の家に嫁がひとりで入る、という構造が一般的になった。
そのため嫁は夫よりも子との結びつきのほうが強く、夫の妻としての自分よりも、子を守る母としての自分のほうにアイデンティティを強く持つことになった、ということである。
この構造が続くと、たしかに「母と子」の結びつきは強くなるばかりである。こうして家族という共同体で、夫婦よりも親子の関係性のほうが強固に意識される。欧米に比べ、東アジアのほうがこの傾向は強いと瀬地山は説明している。
男女の恋愛より親子愛が
見る者の心を揺さぶる
しかしさすがにこのような構造は、専業主婦家庭が大半だった戦後社会ならともかく、核家族が増え、共働き家庭が増えてきた現代では当てはまらないはずだ。それなのに現代においてもなお、フィクションジャンルでは、親子の物語の人気はとても根強い。たとえば『【推しの子】』を眺めても、それはよくわかる。
本作の主要登場人物アイは、母に捨てられ、「人を愛した記憶も愛された記憶も無い」と言う少女だった。しかしスカウトマンは彼女に「本当は君も人を愛したいって思ってるんじゃないか?」と尋ねる。アイはその言葉を聞き、アイドルになることを決心する。結果的にアイドルになって成功したアイは、「私は誰かを愛したい 愛する対象が欲しかった」と思う。そして彼女は子どもを産む。
(注1)瀬地山角『東アジアの家父長制 ジェンダーの比較社会学』勁草書房、1996年







