家や土地は相続させようとすると、いっぱい税金をとられるが、自分で遣いきる分にはそれほどでもないだろう。
とはいうものの、老後計画はうまくいくものではない。お金をうまく遣い切って死んだ人なんて見たことも聞いたこともない。
しかし子どもたちに、
「あんたらには残さない。親がすべて遣う」
と言いきかせることは大切だ。親のお金をあてにしない気構えだけは持ってくれると思いたい。
「自分はたいした人間ではない」
と思うことが高齢者のたしなみ
すごい経営者でもない限り、自分の経験したことや知恵を伝えよう、などということは考えない方がいい。それをみんながありがたがって聞いてくれる、なんてことはほぼあり得ない。以前の職場に行って、何か話してやろうという考えは捨てた方がいい。
「自分はたいした人間ではない」
「自分はそれほど価値のある人間ではない」
と思うことが高齢者のたしなみ。
たとえば私が今、若い人にアドバイスをして、今はわからなくても、
「林さんがあの時、いいことを言ってくれた、ありがたい」
などとほぼ思わない。だから私は、余計なことは言わないようにしている。
何年も前、夫は、
『80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間』(林真理子、幻冬舎)
「君たちおばさんは、若い人に助言すればいいと思ってるけど誰も喜ばないし、誰もありがたがらないよ」
と言ったけれど、正しいだろう。
しかしそれではあまりにも寂しい。私がしてあげられることがあるとしたら、若い人に場所を用意することかな、と思っている。
文学賞の選考委員をやっているのもそのひとつだし、日本文藝家協会の理事長として若い人のポストをいくつか作った。
そういえば、先日コンサートでこんな歌詞に出会った。作者は島田雅彦さんだ。
「人は自分の死んだ後の世界のことをずっと書いている」
こんな風に生きたい。







