速く走らせるには、
相当のテクニックと度胸が必要

 低いシートに身を沈め、キーを一段ひねって燃料ポンプを動かす。しばらく待ってから、もう一段ひねり、右足でアクセルを踏み込む。次の瞬間、リアカウルの奥でV12がたまっていた空気を吐き出すように目を覚ました。音と振動と匂いが一度に立ち上がり、半世紀以上前の機械と向き合っているという感覚が、いきなり現実になる。

 クラッチは意外に軽く、アクセルはやや重い。だが走り出してしまえば、すぐに体になじむ。何より驚くのは車体の軽さだ。右足を踏み込んだ瞬間、このクルマがなぜ世界を驚かせたのかが腑に落ちた。常用領域においてミウラはこのうえなく楽しく、しかも扱いやすい。軽やかで速く、乗り心地も悪くない。フロントのグリップにも不安はなかった。気難しすぎるのではないかという先入観は、走り出してすぐ消えた。

 だが、そこで話は終わらない。ミウラは、たとえ進化バージョンのSVであっても、高い速度域では豹変するからだ。速度を上げていくと、低中速で感じた親しみやすさの奥から、別の顔が現れる。ステアリング、荷重、姿勢変化のすべてにごまかしがきかなくなるのだ。極めてシビアで、スリリングですらある。速く走らせるには、相当のテクニックと度胸が必要だ。

 その理由は、ダラーラの設計思想にあった。ミウラのシャシーは本質的にレーシングカーの発想から生まれた。横置きV12ミッドシップという革命的なレイアウトは、ロードユースのための調律によって低中速では人を夢中にさせるものとなった。だがその半面、限界域に近づけば本質的な性格が顔を出す。優雅な造形の内側に、レーシングカーに近い緊張感が潜んでいたのだった。

 この二面性こそ、ミウラを単なる美しい名車で終わらせなかった要因だろう。デザインだけでなく、危うさや未完成さまで含めて人を引きつける。それゆえに改良版のP400SやSVを生み、さらにはイオタという伝説にもつながっていく。

 同時に、その栄光はランボルギーニに重い宿題を残した。ミウラはランボルギーニをスーパーカーの中心へ押し上げたが、その一方で、若いメーカーの体制や生産技術にはあまりにも大きな負荷を与えた。華やかさと危うさが、最初から同居していたのである。

 フェルッチョがやがて自動車事業に距離を置いていったのも、無理のないことだった。トラクターに比べれば、自動車は手間がかかり、利益も読みにくい。ミウラのモデルライフのうちに、ピュアなランボルギーニの時代はひとつ完結していたのである。

 ミウラとは何だったのか。それは若い技術者たちの理想主義と、イタリアンデザインの美意識と、フェルッチョの経営感覚とが、一度だけ鮮やかに交差した瞬間を切り取ったカタチだった。技術的には大胆で、造形的には優雅で、商業的には危うい。いってみれば“矛盾”を抱えたまま、ミウラは今日まで特別であり続けている。

(CAR and DRIVER編集部 報告/西川 淳 写真/Lamborghini)

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