ヨーロッパやアジアでは受け入れられ
アメリカでは否定的に捉えられる
そもそも人は、自分では論理的だと思っていても、そうでないことが多いし、高齢になると認知症でなくても認知機能が変わってきます。昔の時間と今の時間がすごく近くなったりするのは、よくあることなのです。
それを知らずに「年寄りが何か変なことを言っている」と思っていると、関係がうまくいかない。自分たちが考えている合理的とか論理的なところに高齢者を連れてこようとしても、うまくいかないのです。
『お医者さんはなぜ「がんで死にたい」と言うのか?超長寿時代の老いと死を考える』(佐藤眞一、光文社)
実は、老年的超越はヨーロッパやアジアでは人気があるというか、すんなり受け入れられる理論なのですが、アメリカではかなり否定的に捉えられています。老年的超越などという状態はなく、単に認知機能が低下して論理的に考えられなくなっただけだという解釈です。それもまた一部事実を含んでいて、認知機能の低下が関係していると、私も思います。
しかし、それだけのことでしょうか?実際に私自身が定年退職してわかったのですが、毎日出勤する必要がなくなって、会う人も少なくなり、家にいると、ものを考えることが非常に増えるのです。しかも考えるだけでなく、いろいろなことを思い出したり、夢に見たりもする。昔のことと今のことが混じり合っているような夢を見たりもするのです。
さて、老年的超越は、超高齢期に特徴的な心理状態であり、人の発達の最終段階なのでしょうか。それとも単に認知機能が低下しただけなのでしょうか。あなたは、どう思いますか?







