
光あるところ影あり
花嫁の父代わりと婿が抱き合う。なんとも麗しい画だ。小川と吉江、このふたりを見ていると、直美は、裏のない純朴で清らかな明るい人が好みなのだなと思う。
寛太(藤原季節)とも相性が良さそうに思ったが、彼は直美と同じく影がある。影が濃すぎる者にとって、自分とは真逆な純粋な明るさを求めてしまうのかもしれない。
パートナーシップの形として、似たもの同士がいい場合もあるが、自分にないものを持ったヒトと組むと新たな気づきがあっていい場合もある。
吉江 「Is this your life?」
直美 「Yes!」
英語で自分の人生を肯定した直美。自分の気持ちに素直になって、自分で人生を選ぶことが、幸せをつかむ一歩なのだろう。
これで100回はハッピーエンドで締めていいように思うが、結婚式の場面は存外短く、ドラマはさらに続く。というか、100回の締めはなぜか、清水卯三郎(坂東彌十郎)と勝海舟(片岡鶴太郎)なのだ。
瑞穂屋では美津が辞める日が来て、りんも挨拶に来る。卯三郎はりんに、いつかリターンをと念を押す。
「士族の娘がいまや看護婦の先駆者。誰が想像できたでしょう」。りんのこれまでをまとめる役割を担う卯三郎。
卯三郎 「社会ですね」
りん 「Society」
ここも英語。 Life そしてSociety りんと直美は英語の概念を理解したといえるだろう。
卯三郎が奥の社長の間に行くと、そこには勝海舟がいる。
勝「最近どうも煙ったくてしかたねえやな」
卯三郎「ごもっともです。まだ生まれたてだったこの国に世界中から面白そうなものを、あれやこれや引っ張ってきたんですけどね」
勝「それが正しかったのか今となってはなあ」
卯三郎「存外、荒れた道を作ってしまったのかもしれません」
おじさまたちが少し悔恨を語る。このヒトたちが明治維新から西洋化を進めてきた。りんと直美の看護婦という仕事もそのひとつで西洋の知識を日本に持ち込んだものだ。それは日本の医療の進歩に寄与したが、西洋化がすべていいことにはなっていないようで。
時計が意味深にボーンボーンと鳴って、次のターンは予告でも少し不穏。
せっかく、りんと直美が良きパートナーに出会って、仕事以外の幸せも掴もうとしているときに、おじさまたちのシリアスな語りを入れなくてもよさそうなのに。なかなか一筋縄ではいかないドラマである。








