「幸せな凡人」になれる人が持つ〈意外な特徴〉〈風、薫る第101回〉

「幸せな凡人」とは

 宮川男爵家の奥様・佳枝(相田翔子)。

 彼女はロイマチスを患っている。クレマチス? いや、進行性の関節症・関節ロイマチス。いまでいう「リウマチ」である。

 担当するのは、元家老の娘であるりんだ。彼女は家柄の良い人たちの看護を担当することになる。それがこの会の売りにもなるのだ。

 直美は新婚生活を満喫中。

 看護の仕事を終えて帰宅すると、吾郎(甲斐翔真)が料理を作ってくれている。

「吾郎さんが軍人でよかった(料理ができるから)」と直美。

 軍人は職場で炊事当番がある。だが、軍人だからといって台所に立つ夫はなかなかいない。料理人が家では料理をしないと良く言われるのと同じだろうか。

 この時代の軍人はこんなふうに妻より早く家に帰って炊事をするような余裕があるのだろうか。かなり現代に寄せて書かれている。ドリームである。

 懸命にシマケンが書いているところに、槇村(林裕太)が顔を出す。小説を辞めて出版社の社員になるという。彼が一方的に片思いしていた安(早坂美海)は、無事女の子を出産していた。

 槇村なりにいろいろ考えることがあったようだが、シマケンよりも早々と作家としての頭角を現していたのに、なぜ。まあ、現実の世でも、こういうことは往々にしてある。はじめのうちは調子がよくても、長続きしないことが。

「すごいな、自分で決められたの」とシマケン。

「すごいのはお前の方だ」と槇村。

 つまり、自分で見切りをつけられることもすごいし、愚直に諦めずに続けることもまたすごい。

「幸せな凡人になる」

 槇村は宣言する。

「幸せな凡人」とはなかなかのパワーワードである。凡人は幸せじゃないのか。天才だけが幸せなのか。そんな議論が沸騰しそうだ。

 ただ、槇村のように自分で見切りをつけられることは、幸せになるための一つの力なのかもしれない。

 凡人に下りた(別に作家が必ずしも凡人じゃないわけでもないと思うが)槇村に、シマケンははじめて原稿を見せる。

 これまで彼に決して原稿を読ませなかったのは、同じ土俵で勝負するライバルだと思っていたから。

 ライバルは、ラテン語で「小川」[rivus]から派生した[rivalis]。同じ川を使用するにあたり、利権を争うことから「ライバル」という言葉が生まれた。

 久しぶりにシマケンの言葉の蘊蓄(うんちく)が聞けた。

 ライバルといえば、すっかり忘れられていた人がひとり――。