できるだけ食事をとらないような方針も考えていましたが、実際には、通常の手術後と変わらず2日目から食事をとることになりました。これも手術中と同様に主治医団の中で、「ほんまにいいんですか?」というバトルが勃発した案件です。

「お願いだから便が漏れないでほしい」

 ずっと祈るような思いでした。

 もし、合併症が起こっていたら、少なくとも半年は復帰が遅れたと思います。さらに人工肛門をあとから造設するとなれば、1年以上は棒に振っていたのではないでしょうか。人工肛門がある状態では激しい運動などできませんし、栄養も吸収しづらく、体重が10キロ程度は落ちてしまったと思います。当然、それに伴い、筋肉量も減ります。おそらく、体をピーク時に戻すまでに、さらに1年ほどかかったのではないでしょうか。

発見が半年遅れていたら
選手復帰は難しかった

 消化器外科医として原口さんにお願いがあります。大腸がん経験者として、若い人たちにもっと検査を受けてもらえるよう発信してください。痔だと思って放置していたら大腸がんだったという20代、30代の患者さんが、実際に増えています。

 大腸内視鏡検査への抵抗感があるのかもしれませんが、がんを見つけるのは早いに越したことはありません。誤解を恐れずに言えば、進行がんの場合、見つかった時点で手遅れ、あるいは完治までもっていくのが難しいケースもたくさんあります。

『道なき道を』書影道なき道を』(原口文仁、集英社)

 逆に、間違いなく言えるのは、早期発見、早期治療が社会に浸透すれば、全体の医療費削減にもつながるとともに、救える命が本当に増えるということです。

 原口さんのケースでは、あと半年、がんの発見が遅れていたら、確実に人工肛門になっていたと思います。プロ野球選手として復帰するどころか、そこからの5年間、生きられたかどうかもわかりません。

 普段、野球に接することは少ないのですが、昨年の引退試合はしっかりと見させてもらいました。原口さんの元気そうな顔、大きくなった娘さんの姿を見て、本当に感慨深かったです。