しんどい時間が「あっという間に過ぎる」方法〈風、薫る第104回〉

原案はふたりのシングルマザーの物語、だが?

 りんの気持ちはわかる。好きで一緒にいたいけれど、いまは無理。

 シマケンは自分から実家に来てほしいと言っておきながら、「りんさん、さようなら」と告げる。

「りんさんの手は…大勢の人のために働く素敵な手だ」と手を離す。“手”を使った演出はわかりやすい。

 シマケンは、お別れしたことをチュウ(若林時英)に話す。

「それでいいんですか? 本当にいいんですか? それっぽっちの気持ちだったんですか? シマケンさん!」とチュウに問われるが、実家の後始末にりんを巻き込めないと本音を話す。

「彼女が知ったらなんとかしようとする。それはぼくが嫌だ」

 一方、りんは直美に話している。仕事が気になってシマケンと一緒に浜松へは行けないというりんに、「仕事はりんがいなきゃ、いないなりのやり方考える。それとこれとは別でしょ」と直美。

 そもそも、環(お金)のために働いていると美津は思っていたが、ここでは直美への義理になっている。

 ここで直美が「シマケンさんもなんでそんな簡単に。何か訳があるんじゃないの?」と言い、もう一度シマケンと話すように促す。

「私から今日一日、派出看護のお願い」

 直美の粋なはからいで、りんは走ってシマケンのもとへ向かうが、途中で具合の悪い人に出会ってしまいその看護をはじめてしまう。これがチュウの店の前というご都合主義を記さずにはいられない。

 やっとシマケンの部屋にいくと、もぬけの殻だった。ドラマにおけるすれ違いの王道である。

 とぼとぼ事務所に帰ったりん。

「わかったから、自分が。この手は患者さんに使いたいんだって」

 直美はりんの辛い気持ちを理解して、励ます。

「好き。私はこの手が好き」

 りんとシマケン、結局、結ばれるパターンと、このまま終わってしまうパターン。どっちだろう。

 原案の『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中公文庫 田中ひかる著)にはこうある。

「これは、近代日本において、看護婦という職業の礎を築いた二人のシングルマザーの物語である」

 原案は、大関和と鈴木雅、ふたりのシングルマザーの物語、なのだ。

 原案で、りんのモチーフになっているとされる、日本で看護婦の礎を築いた大関和は離婚歴があり、最初の夫との間にふたりの子がいた。

 和が高田(新潟)にいたとき木下尚江という社会運動家に求婚されている。だが、彼の女性関係の不誠実さを周囲が心配したことで破談となった。

「高田」「社会運動家」というワードから横沢(井上祐貴)のほうに木下の要素が取り入れられたと思われる。その一方で、原案に書かれた煮えきらない感じの関係はシマケンのほうに使用されているようでもある。女性関係のぐずぐずを小説家という夢に対するぐずぐずに置き換えているように見える。

『風、薫る』における原案の使い方は、出来上がった料理を解体して個々の素材に戻し、その素材をもとに別の料理を作り直しているような印象だ。あるいは、柄もののセーターをほどいて、まったく違う柄のセーターを編み上げているような。

 さらにあるいは、AIに質問したら、ネットの大量な情報を収集してくれるのはいいものの、独自の解釈でまとめられているうえ、細かい部分に事実と違う点が生じているような印象がある。

 これまでの原案の使用の仕方を見るに、直美とりんが「シングルマザー」として生きる点まで、そのまま原案どおりに使用されるかもわからない。

 原案どおりだったらドラマの続きを追う楽しみがないという狙いなのか、史実との比較がSNS受けするからか、理由もわからないが、予測不能なドラマになっている。

しんどい時間が「あっという間に過ぎる」方法〈風、薫る第104回〉