「哲学」と「絵画」は、まったく別の世界――そう思っていないだろうか。だが、フロイトが「無意識」や「夢」に光を当てると、ダリらシュルレアリストは、その目に見えない心の世界を絵画にしようとした。実は、時代の思想が変われば、人間や自然の描かれ方も変わってきたのだ。本稿では、『地図で学ぶ深読み世界史』の著者、世界史講師の伊藤敏氏が、哲学と美術がどのように影響し合ってきたのかを、名画を手がかりに読み解く。絵を見る目が少し変わる、大人のための教養講座だ。

【大人の教養】なぜダリの絵はあんなに奇妙なのか? フロイトを知ると絵の見え方が一変するワケPhoto: Adobe Stock

なぜダリの絵はあんなに奇妙なのか? カギはフロイトの「無意識」

 絵画と哲学は、まったく別の分野だと思われがちである。哲学者は言葉で考え、画家は色と形で表現する。しかし歴史を振り返ると、両者はしばしば同じ時代の問題を別の方法で扱ってきた。人間とは何か。世界はどのように見えるのか。理性で捉えられないものは存在するのか。哲学や思想が投げかけた問いは、そのまま芸術家の主題にもなってきた。

 近代の分かりやすい例が、精神分析とシュルレアリスムである。フロイトが無意識や夢に注目したことで、人間の心には理性で制御できない領域があるという考えが広く知られるようになった。すると芸術家たちは、意識的に整えられた現実だけでなく、夢、偶然、欲望、不安といったものを作品に持ち込もうとした。ダリをはじめとするシュルレアリスムの奇妙な画面は、単に変わったものを描いたのではない。人間の内部にある、言葉ではつかみにくい世界を可視化しようとしたのである。

 同じことは、古代や中世、ルネサンスにも言える。何を美しいと考えるか、人間を神の前でどう位置づけるか、自然を観察すべき対象と見るか。時代の思想が変われば、人物の描き方も、空間の表し方も、選ばれる主題も変わっていく。

絵画を見れば「その時代の思想」が見えてくる

 逆に、芸術作品から思想を読み直すこともできる。哲学書には抽象的に書かれた人間観が、絵画では身体の姿勢や視線、空間のゆがみとして現れるからだ。思想史を言葉だけで追うと難しく感じても、作品を手がかりにすれば、当時の人々が世界をどう感じていたのかを直感的につかめる。

 哲学を学ぶ目的は、難しい用語を絵に当てはめることではない。その時代の人々が何を信じ、何に疑問を持っていたのかを知ることにある。哲学と美術は、片方が片方を説明する関係ではない。同じ問いに、言葉と像で別々に答えた双子のような存在なのである。