ノミナルアンカー不在は物価と為替を不安定にする
「アンカーの空白」が日本経済にもたらすリスク
ここまでを整理すると、ゼロ%アンカーが消え、2%アンカーがいまだ形成されていない現在の日本は、いわば「ノミナルアンカーの空白期」にある。
一般に、ノミナルアンカーが不在の経済では、原油価格の急騰や地政学的ショック、自然災害など、さまざまなショックが起きた際、それがインフレ予想の大きな揺れを引き起こし、インフレ率のボラティリティーが高まる。
こうした物価の不安定性は、しばしば「糸の切れた凧(たこ)」に例えられる。
為替レートも同様である。将来の貨幣価値について人々が確固たる信念を持てない状況では、ショックに対する反応も過大になりやすい。歴史を振り返っても、ノミナルアンカーへの信認が失われた局面では、通貨価値が大きく不安定化した例が少なくない。
では、現在の日本はどうか。
日本の物価が現時点で「糸の切れた凧」かどうかは評価の分かれるところであろう。しかし、為替レートについて言えば、ゼロ%アンカーが外れ始めた21年以降、円の対ドル価値は大幅に低下した。
もちろん、円安のすべてをアンカーの弱まりで説明することはできない。しかし、将来の物価と金融政策を巡る不確実性が、円相場を動かす一因となっている可能性はある。
また、円安の一因として、この先さらにインフレが進み、それに日銀が十分対応できないとの見方が海外投資家の間にある可能性も考えられる。この読み通りになるかどうかは別として、日本の物価が将来、大きく不安定化するリスクがマーケットで意識されていることは確かだ。
目先にはさらに具体的な問題がある。
日銀は、基調的なインフレ率が上昇を続け、26年度後半にも2%に達するとみている。
人々のインフレ予想が2%に強くアンカーされている理想的な状況であれば、企業や家計の行動を通じて、インフレ率を2%近辺へ戻す力が働く。中央銀行はその力を利用できる。
しかし、アンカーが不在であれば、インフレ率が2%に到達しても、そこで自律的に安定する保証はない。2%を通過してさらに上昇する可能性もある。
その場合、物価を2%近辺にとどめる役割は、これまで以上に日銀の政策対応に依存することになる。
だからこそ、2%を単なる政策目標から、人々の予想をつなぎ止める真のアンカーへと変えていくことが急務である。







