山口廣秀・日興リサーチセンター理事長Photo by Kuninobu Akutsu

世界経済は、戦争や地政学リスク、サプライチェーンの分断などが重なる複合危機に直面している。一方、軍備・財政拡張を背景にAI・ハイテク分野ではバブルが膨らみ、景気や株価を押し上げている。今後の世界・日本経済、物価動向、日本銀行の利上げ、主要国中央銀行の動向について、日本銀行元副総裁の山口廣秀・日興リサーチセンター理事長へのインタビューを2回に分けてお届けする。前編では、世界的なAIバブルの行方、日本経済の下振れリスク、円・株・国債のトリプル安の可能性などについて語ってもらった。(構成/ダイヤモンド編集部編集委員 竹田孝洋)

地政学リスクと軍拡が生んだ
世界的なAIバブルの危うさ

――現在の世界経済情勢をどのように分析していますか。

 今、世界経済は複合的な危機に直面していると思っています。さまざまな次元で危機が存在し、しかも相互に増幅し合う状況になっています。戦争の危険や地政学リスクが非常に高まっている一方、国際機関の調停能力は低下しています。

 こうした複合的な危機の中では、経済だけを見て世界経済や日本経済がどうなるかを考えても、答えを出すのが難しくなっています。我々にできることは、可能な限りさまざまな要因の絡み合いを読み解き、その時々の状況を多様な角度から確認していくことに尽きると思います。

 そうした状況になると、グローバルに展開している企業は投資行動に慎重になります。雇用についても同様です。消費者心理が大きく落ち込むことはないにしても、戦争が起きそうだ、地政学リスクが高まっているということになれば、消費よりも貯蓄におカネを振り向ける方向にならざるを得ません。

 最も大きな問題は、先行きを正確に見通すことが難しいため、各国の政策が過去のデータや実績に基づいて決定されるバックワードルッキングになりやすいということです。

 ケビン・ウォーシュFRB(米連邦準備制度理事会)議長は、将来の予測に重点を置くフォワードルッキングの限界を折に触れて語っています。それは、私が今申し上げたようなことを念頭に置いているのかもしれません。

 先が分からない世界の中で、フォワードルッキングに物事を見ようとすることの限界と、足元をしっかり見ながら、場合によっては対応が遅れ気味になるリスクも織り込みつつ、丹念に現状をさまざまな角度から見ていくことの重要性を意識しているのかもしれません。私自身も、いろいろな角度から見ていくことの重要性を非常に強く感じています。

――そういう先が見えない状況の中で世界経済の今後の動向をどう予測しますか。

 今申し上げたことをもう少しブレークダウンして言うと、一つはサプライチェーンが寸断されていくことです。すでに触れたように、企業家心理や消費者心理も慎重なものになっています。

 政策当局の政策もバックワードルッキングになりがちであることからすると、今後、世界景気全体は振幅が大きくなる中で、どちらかといえば下振れしやすいでしょう。中東情勢、ウクライナ情勢、東アジア情勢のいずれも、先行きに明るい展望を持ちにくい状況です。

 そうした中で起きているのは、AIとハイテクを中心とした株価上昇と、株価上昇に促された資産効果による個人消費の増加、そしてこの分野における企業の投資姿勢の積極化です。

 なぜこうしたことが起きるのかというと、戦争リスクや地政学リスクが高まり、軍備拡張が優先課題になっている状況の中では、イノベーションが進むからです。今回でいえば、AIのイノベーションが進んでいるからです。AI、ハイテクを中心にバブルが生じているのが、今の状態だと思います。

 ですから、先行きが見通しにくく、複合的な危機が存在し、そのこと自体が景気への下押し圧力になっているにもかかわらず、景気は悪くない状況にあります。特に、株価だけを見れば悪くないどころか景気が強く映るのは、バブルだからだと思っています。

――複合的な危機が各所に存在し、企業や消費者も慎重に動くべき状況なのに景気がよく見えるのは、軍拡に伴う財政拡張と、それによるAIやハイテク分野のバブルに近い拡大があるからだということですね。

 はい。そう思います。

AI・ハイテク投資と株高が景気を支える一方、その構図は長期金利上昇をきっかけに崩れる恐れがある。そうした状況下で日本経済の行方、日銀の金融政策はどうなるのか。次ページでは、山口氏が日本経済の下振れリスク、物価上昇の持続、日銀の利上げの遅れが招く危機、利上げの最終到達金利について掘り下げて語る。