2022年以降、ゼロ%アンカーはほぼ消失
値上げの常態化で「物価は上がらない」が崩れた

 この状況が大きく変わったのは2021年以降である。図3によれば、パンデミック直後にはゼロ%への集中がいったん高まったものの、21年春に低下へ転じた後、22年春以降は極めて低い水準で安定的に推移している。

 22年春は、日本がインフレ局面に入った時期であり、コストの価格転嫁が幅広い品目で進み始めた。企業が価格転嫁を積極化できた背景には、原材料価格の上昇だけでなく、「値上げをしても消費者が受け入れる」という認識の変化があった(この点について詳細は拙著『物価を考える』第2章を参照)。

 図4は、イラン戦争が勃発する直前の26年2月におけるインフレ予想分布である。12年に際立っていたゼロ%のピークはほぼ姿を消している。このことは、ゼロ%からのデアンカーがすでにかなり進んだことを示している。

 ただし、ゼロ%への集中が完全になくなったわけではない。

 世代別に見ると、現在でも将来のインフレがゼロ%と答える割合は、若年層で相対的に高い。若年層は多感な成長期をデフレと共に過ごしてきたため、デフレマインドの刷り込みが他の世代と比べ今なお強く残っていることを示唆している(詳細は『物価とは何か』第3章を参照)。

問題は2%にアンカーされていないこと
外的ショックで揺れ動く家計のインフレ予想

 ゼロ%アンカーが弱まったこと自体は、日銀が長年目指してきた方向と一致する。しかし、黒田総裁は13年9月の講演において、ゼロ%アンカーを断ち切ることの重要性を説く一方、その次の課題として、インフレ予想を2%に改めてアンカーし直す必要があると述べていた。植田総裁も25年5月の講演で同様の認識を示している。

 では、2%へのリアンカーは、どの程度実現できているのだろうか。

 図4に戻ろう。2%へのリアンカーとは、この図で言えば、2%周辺の確率が増えることを意味する。26年2月時点の分布のピークは3%~4%であり、2%周辺といえなくもない。

 これを2%へのリアンカーの証左とみてよいのだろうか。

 その点を調べるため、図5では、各月の分布の最頻値(ゼロ%を除く分布のピーク)を推計した結果を示している。

 26年2月に3.1%だった最頻値は、3月には4.1%、4月には4.4%まで上昇した。その背景にあるのがイラン戦争である。戦争勃発前の2月から勃発後の4月までのわずか2カ月で、最頻値は1.3%ポイントも上昇したことになる。

 最頻値が外的ショックに対して大きく動いたという事実は、何を意味するのか。

 強固なアンカーがあったとしても、ショックによって1年先のインフレ予想が変化することはあり得る。しかし、その反応は限定的であり、インフレ予想の分布には目標値付近への強い集中が残るはずである。

 ところが今回は、分布の中で最も確率の高い地点そのものが、短期間に1%ポイント以上移動してしまった。

 この結果は、家計の予想形成に「2%」という基準が十分に定着していないことを示唆していると読むべきだろう。