1848年、フランス初の大統領選挙で約74%の票を集め、圧勝したルイ=ナポレオン・ボナパルト。議会政治ではほぼ新顔だった彼が、なぜこれほど強かったのか。背景にあったのが、二月革命後に導入された普通選挙だ。有権者が富裕層から農民や労働者へ一気に広がるなか、「ナポレオン」という名は政策以上の力を持った。普通選挙は民主化を進めただけでなく、政治家に求められる「強さ」まで変えたのである。『地図で学ぶ「深読み世界史」』の著者が、ナポレオン三世の圧勝から、知名度やイメージが票を動かす「大衆政治」の原点を読み解く。

政界ほぼ素人が74%で圧勝…ルイ=ナポレオンが異常に強かった納得のワケPhoto: Adobe Stock

 1848年のフランス大統領選挙で、ルイ=ナポレオン・ボナパルトは約74%の票を獲得して圧勝した。だが、彼は議会政治の世界で長年実績を積んできた政治家ではない。それどころか、政界ではほとんど新顔に近かった。にもかかわらず、なぜこれほど強かったのか。鍵は「普通選挙」にある。

 フランスでは二月革命後、成年男性に広く選挙権を認める普通選挙が導入された。それまでの制限選挙では、選挙権を持つのは財産を持つごく一部の男性に限られていた。つまり政治家が相手にしていたのは、社会のほんの一握りだったのである。

「ナポレオン」という名前が、最強の選挙ツールになった

 ところが普通選挙になると、それまで政治の外側にいた農民や労働者まで、一気に有権者になる。政治のルールそのものが変わった。そこで強みを発揮したのが「ナポレオン」という名前だった。新たな有権者の中には、政党の違いや政策論争に詳しくない人も多かった。しかしナポレオン一世の名声は全国に知られていた。ルイ=ナポレオンは、その記憶を自分の支持へとつなげることができたのである。

普通選挙は「政治家の強さ」まで変えてしまった

 ここで重要なのは、普通選挙が単に「選挙権を広げた」だけではないことだ。選挙権の拡大は、政治家が誰に向かって語るのかを変えた。議会のエリートだけを説得していればよかった時代から、顔も知らない何百万人もの大衆に届く言葉や象徴が必要な時代へ移ったのである。

 少数の富裕層だけが投票するなら、議会人脈や専門的な政策論が重要になる。しかし有権者が数百万人規模になれば、一人ひとりに同じ密度で説明することはできない。そこで短い言葉、分かりやすい象徴、よく知られた名前が力を持つ。

 普通選挙は政治を民主化したと同時に、政治を「大衆に伝える技術」の競争へ変えた。ナポレオン三世の登場は、民主化によって政治家の「強さ」の基準まで変わることを示す好例なのである。