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日産に入社して3年目、自動車メーカーの購買部門で部品メーカーを回る仕事に明け暮れていた西川廣人氏(のちの日産社長)は、自分の仕事や存在意義について悩んでいた。そんな中「そんなに暇なら、少し英語の勉強でもしたら」と妻のひと言……西川氏はこの言葉をきっかけに、英語の勉強をスタート。社内研修を経て米国留学、そして海外駐在と、ビジネスの舞台は日本から海外へと広がっていったという。仕事に必要なことを伝え、相手の話を理解し、信頼関係を築いていく――。本稿では、米国での仕事と暮らしを通じて学んだ、英語で仕事をするということの本質について、具体的なエピソードを交えながら紹介する。※本稿は、西川廣人『わたしと日産 巨大自動車産業の光と影』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

英語で仕事をするということ

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 私自身は、相変わらず部品メーカーを回る毎日が続いていた。入社3年目ともなると、少しは現場の見方も変わり、サプライヤーからも、社内からも特定の場面では当てにされ、自分の存在意義も少しは見えてくる時期だった。

 ところが自動車会社の「購買」がどんな仕事をしているのか、自動車業界以外の人に説明するのは簡単ではない。工場や人事、経理など、説明しやすい仕事をしている同期や友人たちに比べると、3年たっても要領よく説明できない状態で、入社2年目に結婚した妻の弘子さえよく分かっていなかったに違いない。

 そんな中で、妻の発した言葉が私のキャリアを大きく変える契機となった。

「そんなに暇なら、少し英語の勉強でもしたら」

 彼女はそう言ったのである。

 妻は私と同じ時期に大学を卒業し、子供ができるまでは会社勤めをしていた。「海外部」という部署で輸出業務を担当していた彼女にしてみれば、各地の工場めぐりに明け暮れる私を見て「いったい、なんの仕事をしているの?」と思っただろうし、将来のために少しは勉強したら……というつもりで言ってくれた言葉だったと思う。

 後に妻が振り返るところによれば、その場で私は「うるさいな」といった感じの反応をしたらしい。

 妻が発した「そんなに暇なら」という言葉は半ば図星で、確かに残業もなく、暇がないわけではなかった。それで当時、はやり始めていた社内の「英語研修講座」を受講することにした。他の受講者は仕事が忙しいこともあって欠席がちだったのに対し、私は暇だからサボらずに出席して、修了テストの成績も良かったらしい。

 それがきっかけかどうか定かではないが、折しも社内で留学生を募集していて、それまで英語とは無縁だった購買部門にも候補者を出せとお達しがあったようで、いきなり課長に呼ばれた。

「西川君、留学制度に応募してみたらどうだ」