『三国志』といえば、劉備、曹操、諸葛亮――。だが、物語の後半に目を向けると、魏の権力構造を内側から大きく動かした「渋い実力者」が浮かび上がる。司馬懿の長男・司馬師だ。父が築いた基盤を受け継ぎ、反対勢力を抑え、弟の司馬昭とともに司馬氏の支配を固めた彼は、なぜこれほど重要なのか。『地図で学ぶ「深読み世界史」』の著者が、群雄割拠の英雄譚とはひと味違う、三国志末期の“権力をめぐる政治劇”を解説。もし彼が長生きしていたら晋への道はどう変わったのか、歴史の「もしも」とともに司馬師の知られざる魅力を読み解く。

『三国志』を劉備・曹操だけで語ってはいけない…魏の“乗っ取り”を進めた司馬師のすごさPhoto: Adobe Stock

父・司馬懿よりも「魏の乗っ取り」を進めた司馬師

『三国志』で好きな人物は誰かと聞かれると、劉備、曹操、諸葛亮、周瑜あたりの名前がまず挙がりやすい。だが、三国志の後半まで目を向けると、もっと渋くて面白い人物がいる。司馬師だ。

 司馬師は司馬懿の長男で、のちに魏の実権を握る司馬氏の中核となった人物である。父の司馬懿は高平陵の変によって政敵を排除し、魏の権力構造を大きく塗り替えた。しかし、司馬懿本人が最初から「魏を倒して自分の王朝を作る」とまで考えていたかは、必ずしもはっきりしない。

 むしろ面白いのは、その父が作った権力基盤を、息子の司馬師がよりはっきりと「乗っ取り」の方向へ進めていったように見えることだ。しかも司馬師は、単に強引なだけではない。反対勢力を抑え、軍事面でも主導権を握り、弟の司馬昭を使いながら一族の権力を固めていく。

 ここに、三国志前半とは違う魅力がある。劉備や曹操の時代は、群雄が国を作っていく物語だった。ところが末期になると、すでにできあがった国家の内部で、誰が実権を握るのかという政治劇に変わっていく。司馬師は、その転換点に立つ人物なのである。

もし司馬師が長生きしていたら、晋はどうなっていたのか?

 さらに彼は、あと少し生きていれば何をしたのか分からない、というところで亡くなる。もし司馬師が長生きしていたら、司馬昭や司馬炎とは違う形で晋への道を進めたかもしれない。

 歴史では結果を残した人物ばかりが目立つが、実際に大きな転換を起こすのは、その一歩手前で制度や人脈を整えた人物であることも多い。司馬師はまさにそのタイプだった。完成した人物ではなく、可能性を残して死んだ人物だからこそ想像が広がる。派手さはなくても、権力が動く瞬間を見たい人にはたまらない人物である。