ADHD(注意欠如多動症)の当事者で、ASD(自閉スペクトラム症)とADHDの2人の娘さんをもつなちゅ。さん。新刊『ADHDの母が伝えたい 生きづらい女の子が覚えておきたいこと』では、子どもから大人まで一生使える具体的な対応策を伝えている。今回のテーマは、親との過去の振り返り方。消耗せずに整理するには、どうすればいいのか。著者に話を聞いた。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
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「理解すれば許せるはず」という順路を、信じてしまう
――なちゅ。さんは、親御さんと既に関係を絶っているそうですね。親との関係で消耗し続けてしまう人には、どんな特徴がありますか。
なちゅ。:親との関係をふり返るとき、なんとか親を許そうと思ってしまうんです。
もっと具体的に言うと「理解」と「許し」を、地続きのものだと思ってしまうことですね。
親がなぜその行動をしたのかを理解することと、その行為を自分が受け入れたり許したりするかどうかは、まったく別の話なんです。でも、世の中ではしばしば地続きに扱われます。事情を知れば許せるはずだ、理解したなら水に流せるはずだ、と。
――背景を知ることは、いいことのようにも思えます。
なちゅ。:親にも親の事情があった、あの時代はそういうものだった、あの人自身も苦しかった。そうやって背景を差し出されると、理解した先に許しが待っていることになるんですよね。理解を進めるほど、許しへ向かって歩かされている感じがしてくる。
でも、順路としてはつながっていません。理由がわかっても許せないことはあります。理由がわかったせいで、前より許せなくなることもある。
まわりが許しても、自分は許さなくていい
――許すように促してくる人も、まわりにいます。
なちゅ。:きょうだいや親戚が先に和解して、「自分は親を許したんだからお前も許せ」と言ってくる。事情を何も知らない他人が、自分の親子関係を重ねてきて、「うちも大変だったけど今は感謝してる」と語り出すこともあります。
許せないままでいることを、子どものわがままのように言う人もいる。いい歳して、いつまで引きずってるんだ、と。
全部クソです。他人が自分の親と和解した話は、こちらの被害を軽くしません。
――許すかどうかの判断は、誰のものでしょうか。
なちゅ。:自分の裁量です。期限もないし、多数決でもない。自分のやり方と自分の意志を、一番に貫いてほしいと思います。
事実と感情を、別々に書き出す
――では、過去を振り返るときは、どうすればいいのでしょう。
なちゅ。:起きたこと(事実)と、自分がどう感じたか(感情)を、別々に書き出します。媒体はノートでも、スマホでも問題ありません。
注意点は、「毒親だ」「ひどい」「発達障害のせいだ」といったジャッジの語を外して、出来事だけをなぞること。さらに、親の背景、育ちや経済状況や時代や本人の特性も、別立てで考えること。そうしないと、事実整理の手が止まってしまうので。
――ジャッジを外すのは、親を責めないためですか。
なちゅ。:責める方向でも、同情する方向でも同じです。判定に入った時点で、材料を集めるのをやめて、結論を守る側に回ってしまうんですね。
やることは、フラットに事実をなぞるだけです。
「親はこう」「私はこう」「別物だ」
――書き出しながら、何を確認していくのでしょう。
なちゅ。:親自身のこういう特性がこういう行動を起こして、結果的に私にこんな影響を与えた。それを繰り返し認識して、自分の中に落としていきます。
「親はこう」「私はこう」「別物だ」。これを繰り返し念じながら、書いていく感じですね。
なちゅ。
1980年生まれのワーキングマザー。発達障害(ADHD:注意欠如多動症)当事者。中学生と高校生の娘、そして夫も発達障害の特性を強く持つ。長女の発達障害診断をきっかけに、発達障害やそれに関連する分野の独学を開始。以来15年以上、自らの発達障害や子育てについてXを中心に情報発信を行う。仕事でも、障害福祉分野でマネジメント担当をしながら、個人事業主として講師業やスタートアップのサポートに従事。なかでも、自身の経験を活かした発達障害の親子のケアに力を入れている。
[医療監修]
本田秀夫(ほんだ・ひでお)
医師・信州大学医学部教授
1988年東京大学医学部卒。医学博士。専門は発達精神医学。信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 教授。信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部 部長。長野県発達障がい情報・支援センター「といろ」センター長。









