第二に見るべきなのは、9月24日に予定される米中首脳会談に向けた交渉と、その後の習近平政権の対日姿勢である。米中関係の次の局面が見え始めた後、中国が日本との関係を動かす必要性をどう評価するかを見る。
高市政権側については、10月17日前後の靖国神社秋季例大祭は重要な観測点だが、特定の一日だけを見るべきではない。
9月から10月にかけて、高市政権が台湾、歴史、安全保障をめぐって新たな象徴的摩擦を追加するのか。それとも、既存の立場を維持しながら追加的な摩擦を抑えるのかを見る必要がある。
したがって、11月までの観察軸は二つに整理できる。
習近平政権は「過去の撤回」という日本が受け入れにくい条件に固執するのか、それとも「今後の行動」という交渉可能な条件へ重点を移すのか。
高市政権は、自らの既存の立場を撤回せず、新たな摩擦を追加しないことで交渉余地を残すのか。
日中首脳会談へ向けた
交渉の余地が生まれるか
この二つを組み合わせると、2026年の日中関係は次のように整理できる。
見るべきなのは、両国が右下のマスに近づいていくかどうかである。
2014年と2026年は、もちろん同じではない。2014年には尖閣をめぐる文章の解釈に余地があり、最終的に四項目の合意ができた。2026年の発端は、現職首相が将来の台湾有事という具体的な安全保障シナリオについて国会で行った答弁である。
それでも共通する問いがある。双方が自らの基本的立場を正式に否定せず、首脳会談を可能にする政治的な条件をつくれるかどうかだ。2014年に本当に注目すべきだったのも、安倍首相が習主席と握手したことではない。日本が尖閣に関する正式な立場を変えず、中国との間に首脳会談を可能にする交渉空間をつくったことだった。
2026年も同じだ。日本外交の成否は、高市首相が習主席に会えたかどうかだけでは測れない。見るべきなのは、高市政権が長期的な政策選択と既存の立場を犠牲にせず、双方が受け入れ可能な交渉空間をつくれるかどうかである。
もし11月、本当に二人が握手する写真が世界に配信されたなら、問うべきなのは「日中関係はついに改善したのか」ではない。カメラが回り始める前に、両国はいったい何を交換したのか。そこにこそ、2026年の日中外交を見るための答えがある。








