高市首相への「撤回」の文言は
なぜ公式文言から消えたのか

 8月27日、日本の国会議員団が北京で中国共産党中央対外連絡部(中連部)の陸慷副部長と会談した。

 会談に出席した伊佐進一衆院議員は帰国後、中国側の発言について「高市政権の台湾に対する姿勢と発言が変わらない限り、政策を変更することはない」とする趣旨だったと説明した。一方、共同通信は、陸氏が高市首相の答弁の「撤回」を主張したと報じた。

 では、中国側の正式な会談記録はどう書いたのか。

 そこに「撤回」という文言はない。中国側が求めたのは、日本の政権が「中日四つの政治文書(※)」の原則を守ること、「一つの中国」原則に基づいて台湾問題を処理すること、そして実際の行動によって日中関係が困難を克服する条件をつくることだった。

(※)「四つの政治文書」とは、日中関係の基本的な枠組みを定めてきた文書で、1972年の日中共同声明、1978年の日中平和友好条約、1998年の日中共同宣言、2008年の日中共同声明を指す。1972年の日中共同声明では、中国側が「台湾は中華人民共和国の領土の不可分の一部」と表明したのに対し、日本政府は中国側の立場を「十分理解し、尊重」するとしている。

 同日の中国外交部の定例記者会見でも「撤回」は使われなかった。林剣報道官は、日中関係が困難に直面する原因を、日本の「執政当局」が台湾や軍事安全保障に関して行った「一連の誤った言動」にあると述べた。そのうえで「真剣に反省して誤りを正す」こと、四つの政治文書を守り、実際の行動で政治的基礎を維持するよう求めた。

 外交部の林報道官が5月7日に使ったのは、「高市首相」「台湾関連発言」「誤った発言を撤回」という表現だった。

 ところが6月18日、林報道官が高市首相の「中国との対話にオープン」との発言について問われた際には、「四つの政治文書」を守り、「実際の行動」で日中関係の政治的基礎を維持するよう求めたものの、「撤回」は明示しなかった。

 そして8月27日、注目すべき動きがあった。日本の国会議員団との会談について中連部が公表した公式文言では、「四つの政治文書」を守り、「実際の行動」で日中関係が困難を克服するための条件をつくるよう求めたが、「撤回」は明示されなかった。同じ日、この会談について問われた外交部の林報道官も、「一連の誤った言動」「四つの政治文書」「実際の行動」といった表現を使い、「撤回」は明示しなかった。

 つまり8月27日の時点で、外交部と中連部の公式文言は少なくとも一つの点で重なった。どちらも「撤回」を明示せず、「四つの政治文書」と日本側の今後の行動を前面に出したのである。

 もちろん、公式文言で「撤回」が明示されなくなったからといって、習近平政権が条件を緩和したとは断定できない。重要なのは、要求の重点が本当に「過去の発言を撤回せよ」から「今後の行動で示せ」へ移り始めたのかどうかである。

「過去を撤回せよ」から
「今後の行動を示せ」に変化したか

 ここには、日本側にとって決定的な違いがある。

 高市首相に「昨年の国会答弁を正式に撤回せよ」と要求する場合、日本側が条件を履行したかどうかは明白だ。撤回するか、しないかである。

 しかも、現職首相が自ら国会で示した台湾有事に関する安全保障認識を正式に撤回すれば、自らの過去の判断を否定することになる。政治的なハードルは極めて高い。