マーケティングというと、商品の機能や価格、ブランドイメージで「違い」をつくることを思い浮かべる人は多い。だが、P&Gではそのさらに上位の考え方として、「市場そのものの意味を再定義する」ことが教えられていたという。商品の差別化を超えて、人々の「当たり前」そのものを塗り替えるマーケティングとは何か。P&G出身の佐宗邦威氏と、『概念シフト』著者の永山晋氏が語り合った。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局・肱岡彩)

商品の差別化より強いものとは? P&Gが教えた「市場そのものを変える」マーケティングPhoto: Adobe Stock

「市場そのものの意味を変える」のが、最も難しいマーケティング

永山晋(以下、永山):ある対象のイメージが大きく変化し、「既存の当たり前」が「新しい当たり前」へと塗り替わる現象を「概念シフト」と呼んでいます。この変化が個人にとどまらず、特定の集団や社会全体にまで波及すると、当初はまったく想定していなかったような「新しい現実」が生まれます。

 この話をすると、よく「マーケティングと同じですか」と聞かれるんです。佐宗さんは、キャリアのスタートがP&Gで、そこでマーケティングを担当されていたと伺いました。マーケティングと概念シフト、佐宗さんの目から見ると、どのような共通点があると感じましたか。

佐宗邦威(以下、佐宗):僕がP&Gで教わったことの一つに、「市場そのものの意味を再定義する」という考え方がありました。

 たとえば大人用のおむつなら、それまで「介護をされる人のためのおむつ」と捉えられていたものを、「介護をする人も、もっと頑張らなくていい。そのためのおむつなんだ」と捉え直していく。

 すると、使う人のリハビリになる、快適さが増すといった、商品の機能を差別化する視点以外も含まれるようになります。「誰のための、何のための商品なのか」という捉え方そのものが変わり、介護する側まで含めて商品の価値を考えるようになる。その結果、その商品や市場そのものに対する人々の認識が変わるんです。

 僕らは、こうした「市場そのものの意味を再定義すること」が、成功すれば市場をひっくり返すほど大きなインパクトを持つ、非常に難易度の高いマーケティングだと教わっていました。

 一般的なマーケティングでは、『概念シフト』に出てきた「記号」(注:言葉やアイコン、名称、数値指標など、ある対象について特定のイメージを呼び起こすもの)をどう差別化するか、というところで勝負することが多い。

 でも、「これは何のための商品なのか」「この市場にはどんな意味があるのか」というところまで変えてしまう。そこまでできれば、マーケティングとしては非常に強いんです。

 そう考えると、「既存の当たり前」を「新しい当たり前」へと塗り替えていくという点で、市場の再定義と概念シフトにはかなり共通するところがあると思いました。

一人のマーケターでは見届けられないほど、長い時間軸を描く

佐宗:一方で、『概念シフト』がおもしろいのは、大きな変化が社会に広がっていくプロセスまで、ものすごく包括的に描いているところです。

 新しい価値が生まれ、そして社会に定着するまでを一つの流れとして捉えている。しかも、かなり長い時間軸で描かれていますよね。

 普通のマーケターが、一つの商品について、社会の秩序が変わるところまで見届けることはほとんどありません。新しい市場をつくるための環境を整え、それが次の人に引き継がれ、10年単位で人々の行動が変わり、最終的には社会の秩序まで変わっていく。

永山:たしかに、そこまでを一人の実務家が経験し、語り切るのはなかなか難しいかもしれません。

佐宗:スティーブ・ジョブズのような人なら、もしかすると一連のプロセスをかなりの部分まで見届けていたのかもしれません。でも、普通はなかなかできないですよね。

P&Gでは「市場の再定義」まで教えられていた

永山:P&Gでは当時から、「最も強力なマーケティングは、市場そのものの意味を再定義することだ」と、かなり言語化されていたんですか。

佐宗:されていましたね。マーケティング理論に非常に詳しい音部大輔さんという方がいて、商品の「差別化」よりもさらに上位の考え方として、カテゴリーの再定義を置いていました。

 最初に働いた会社としては、本当に勉強になる会社でしたね。

永山:すごい会社ですね。そんなこと、普通の会社ではなかなか教えないですよね。

ビジョンづくりも、「非常識」を「新しい常識」に変える営み

永山:『概念シフト』のように、長い時間軸で体系的に描くことは、確かに私のような研究者の立場だからこそできる部分だと思います。一方で、佐宗さんご自身の著書や、普段考えていらっしゃることとの共通点もありましたか。

佐宗:かなり共通する部分はありました。

 僕はビジョンづくりについての書籍『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』も書いていますが、ビジョンをつくるときにも、既存の常識を組み替え、「非常識だったものを、新しい常識として再定義する」というプロセスを必ず入れています。

 そもそもビジョンというもの自体が、「これまでとは違う未来のあり方」を示すものですよね。それまで世の中になかった新しい概念ですよね。新しい概念を伝えていくためには、既存の常識に対して「新しい常識」を提示しなければいけない。

 そのとき、たとえば「見立て」や「アナロジー」を使って、新しい概念を人々が理解できる形に翻訳していく。『概念シフト』でいうと、まさに「記号構築」にあたる部分です。

 つまり、新しい考え方に名前をつけたり、誰もがイメージしやすい言葉や象徴に置き換えたりすることで、初めて多くの人がその概念を共有できるようになる。ここをやらなければ、新しい概念は社会にはなかなか浸透していきません。

言葉をつくるだけでは、行動は変わらない

佐宗:さらに、僕が『概念シフト』とビジョンづくりで共通すると感じた部分が、僕が『理念経営2.0』でも書いたナラティブの話です。ナラティブは、行動を意味づけする物語を語ることを通じて、人々の行動を間接的に促していくものですね。

 会社がビジョンをつくり、それを実際の行動に落としていくときにも、ビジョンやミッションといった「言葉」を掲げるだけでは足りません。

 その言葉を物語として伝え、「なぜ自分たちはこれを目指すのか」「だから、なぜこの行動をするのか」という意味を与えていく必要がある。そうして初めて、抽象的なビジョンが一人ひとりの具体的な行動につながっていきます。

 そういう意味では、特に「記号構築」と「行動誘導」のあたりは、僕が日々考え、実践していることにものすごく近いなと思います。

佐宗邦威
イリノイ工科大学デザイン研究科修了。
P&Gマーケティング部ブランドマネージャーを経て、ソニークリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立上げる。
戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。多くの企業・自治体や組織のイノベーション支援と、企業理念の策定と実装の実績多数。
著書『直感と論理をつなぐ思考法』『理念経営2.0』(ダイヤモンド社)、他多数。