市場のニーズを捉え、求められるものをつくる。マーケティングでは王道とされる考え方だが、それだけでは新しい価値は生まれにくい。P&Gでマーケティング、ソニーで新規事業やクリエイティブに携わった佐宗邦威氏は、イノベーションには「つくり手の意思」が欠かせないと語る。『概念シフト』の著者・永山晋氏との対談から、供給する側の意欲や創造性をどう引き出すかを考える。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局・肱岡彩)

なぜ「市場が求めるもの」を追うだけでは弱い? 「つくり手の意思」の重要性Photo: Adobe Stock

需要を生み出す方法は多い。でも「供給する側」を動かす方法は少ない

永山晋(以下、永山):最近、少し考えていることがあるんです。

 いまの時代、人は本当にこれ以上、欲しいものがあるのかな、と。

 消費を喚起する方法、需要を生み出す方法は、これまでたくさん考えられてきましたよね。でも一方で、「供給する側をどう動かすか」という話は、意外と少ない気がしています。

 もちろん、パーパスやビジョン、内発的モチベーション、1on1、心理的安全性といった議論も、ある意味では供給側を動かすためのものかもしれません。

 ただ、需要をどう喚起するかに比べると、「つくる側の人が、なぜつくりたいと思うのか」「どうすれば意欲や創造性を引き出せるのか」という人間理解は、まだそこまで進んでいないんじゃないかという気がするんです。

 佐宗さんは、かなりそちら側の仕事もされてきたと思うんですが、どう考えていますか。

 概念シフトも、放っておくとどうしても消費者側の話として捉えられがちですよね。でも、供給する側の変化として考えてもいいんじゃないかと思っていて。

新しいものは、「市場に合わせる」だけでは生まれない

佐宗邦威(以下、佐宗):僕のキャリアのスタートは、P&Gでマーケティングをし、その後ソニーのクリエイティブセンターにいました。

 ソニーでは、プロダクトやサービスをつくるエンジニアやデザイナーの意欲や創造性を、どう引き出すかということを、プロデューサーとしてやっていました。

 すごく単純化すると、「マーケティング対イノベーション」みたいな話でもあります。

 マーケティングでは、どうしても「商品をどう市場に合わせるか」と考えがちです。でも、それだけでは新しいものはなかなか生まれない。

 新しいものを生み出すには、つくる側、つまり企画したり制作したりする側の人たちの意欲や創造性が、ドライバーにならないといけない。そういうことを、かなり強く感じてきました。

 僕は最初、デザイン思考についての本を書きました。あれは、どちらかというと需要側の話です。

 でも、日本で足りていないのは、むしろ供給する側の意欲や創造性をどう喚起するかではないかと思うようになって、ここ10年くらいは「ビジョンドリブン・イノベーション」という言葉を掲げて取り組んできました。

「なぜ、それをつくったのか」が問われる時代に

佐宗:そして最近は、「供給する側が何を考えているかなんて関係ない」という時代でもなくなってきている気がします。

「なぜ、その商品をつくったのか」ということが、以前より問われるようになっている。

 つくり手の理由や意思に共感して、そのナラティブごと商品やサービスを選ぶ人も増えているように感じます。

 つまり、供給する側の意思や意図が、逆に需要を喚起する。そういう時代になりつつあるんじゃないでしょうか。

永山:供給する側を動かすためのメソッドのようなものはあるんですか。P&Gでは、需要側のメソッドはかなり整備されていますよね。

パーパスやミッションを「ナラティブ」にする

佐宗:メソッドとまで言い切れるかはわかりませんが、一つあるとすれば、パーパスやミッションをナラティブにして、企業の意義の物語を広げたり、理念に合わせたガバナンスを整備することだと思います。

 たとえば、パタゴニアはわかりやすい例ですよね。パタゴニアは、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というミッションを掲げて、そのミッションを商品はもちろん、さまざまな取り組みやガバナンスのあり方にまで反映しています。

 そうした一つひとつの行動が、「地球のためにビジネスを営む」という彼らのミッションを、ナラティブとして更新しているのだと思います。

 特に、供給する側から新しい提案をすることで需要を生み出そうとしている企業ほど、ナラティブを使って人を動かそうとしているように思います。

 大事なのは、一つひとつの行動について、「なぜこれをやったのか」と意味づけを繰り返していくことです。いわゆる、センスメイキングですね。

 単に「これをやりました」と伝えるのではなく、「私たちはこういうことを目指している。だから、いまこれをやっているんです」と説明する。

 ビジョンや理念と、目の前の行動を結びつける。過去から現在、そして未来を、行動によってつないでいく。それが、いまの時代のナラティブの語り方なのではないかと思っています。

佐宗邦威
イリノイ工科大学デザイン研究科修了。
P&Gマーケティング部ブランドマネージャーを経て、ソニークリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立上げる。
戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。多くの企業・自治体や組織のイノベーション支援と、企業理念の策定と実装の実績多数。
著書『直感と論理をつなぐ思考法』『理念経営2.0』(ダイヤモンド社)、他多数。