前者は生物学的な突然変異(注2)であり、自然界では捕食者に真っ先に食われて生き残れません。ところが、現代社会ではそうした危険はなくなってきたので、少数ですが生き残っているのです。そうした人は、今や「うらやましい存在」とも言えます。

 人前で話すのに慣れるには、経験が必要です。私自身も、30年以上にわたる教員生活の中で慣れました。また、話す内容に自信をつけるのも大事です。私も科学の話なら、なんてことないのですが、社長さんたちの前で「企業経営の話をしろ」と言われれば、縮み上がってしまいます。

 早期に慣れるのには演劇の訓練をするのがいいですね。端役でも本番を重ねると、だんだんと慣れてきます。小学校の学芸会はその意味で、重要なイベントになっているのです。

 緊張を防ぐために「客席の人々をカボチャだと思え」という助言があります。でも、現実に見知らぬ人々がじっとこちらを見つめる様子を目の当たりにして「カボチャだ」とは、とても思えません。現実の訓練は大変です。演劇で克服するというのも、比較的時間のある学生ならともかく、社会人は現実には実行しにくいでしょう。人間はこうした意味で動物なのです。悲しいかな、人前で話すのは警戒心が先行して難しいのです。

人は「どの自分」で
振る舞うか迷うことがある

 学校にいるときの自分は家にいるときの自分と違うと、「自分の揺らぎ」に悩む子どもたちは、少なくありません。

 そうした子どもは、保護者が来る授業参観日は最悪の気分になります。ふだん学校にいるときのように振る舞えばいいのか、家にいるときのようにすればいいのか当惑するからです(注3)。

 当然ながら、学校にいるときのように振る舞えばいいのです。保護者の方々も、家にいるときと違う姿を見に来ているのですから。

 子どもに限らず、大人になっても私たちは、「振る舞いに一貫性があるべきだ」と考えがちです。そのため、しばしば「自分の揺らぎ」が不安に感じられます。これも狩猟採集時代の協力集団に由来します。

注2 人間を作る遺伝情報が子孫へ伝達されるときにたまたま生じたコピーミス。進化の原動力でもあります。