そのように考えると、引き寄せ系自己啓発本の主張は、実はオカルトでも何でもなく、行動の起点としての意識の話だったことがわかります。結局、強く願う人は、その願いの実現に向かって行動を起こすのですから、その意味では自助努力系自己啓発本も引き寄せ系自己啓発本も、同じことを言っているんですね。

自助努力系と引き寄せ系は
実は同じ構造を持っている

 両者の構造を図式化すると、こうなります。

・自助努力系:認知→行動→結果
・引き寄せ系:認知→感情・自己概念→行動→結果

 これを見ればすぐにわかるように、両者で違うのは「認知の結果をどう行動に結びつけるか」の部分だけで、構造は同じ。だから、「自助努力系vs引き寄せ系」という対立は、そもそも成立しません。

 表向きは「人間が強く願うことはすべて実現する」という、いかにも安易な主張をしているように見えて、引き寄せ系自己啓発本が本当に言おうとしているのは、自助努力的行動の重要さだったんです。

『自己啓発本を1000冊読んでわかったこと』書影『自己啓発本を1000冊読んでわかったこと』(尾崎俊介、集英社インターナショナル)

 ここまで、引き寄せ系自己啓発本は、実は自助努力系自己啓発本と同じものである、ということを述べてきたわけですけれども、無論、これによって引き寄せ系自己啓発本に対する日本人の誤解が一気に晴れただろうと思っているわけではありません。

 引き寄せ系自己啓発本の上にかぶせられた「スピリチュアル本」の汚名こそ若干はすすげたかなとは思いますが、そもそも自助努力系自己啓発本だって、日本ではうさん臭いと思われているフシがあるのですから。

「なに?引き寄せ系と自助努力系は同じ?ならば引き寄せ系を読んでも燃え尽きるんだな。じゃあ、そんなものを読む気はない」と言われたら、それでおしまいです。

 結局、日本において、自己啓発本という文学ジャンルは、どうあがいても誤解されがちなものであり続けるんですね……(涙)。