そこで、問題の「いたし」は、動詞「いたす」の連用形です。上の(1)の原則なら、漢字で書くことになります。しかし、「いたす」が、どのような意味をもっているのかと問われると、答えにくいです。

 先に述べたように、「お願いいたします」は、全体で「願う」の代わりなので、「いたす」は「願うことをする」を示す補助的な役割をしているだけです。つまり、「いたす」それ自体の意味は、それほど明確ではないし、強くも重くもないのです。そこで、(2)が適用されて、仮名書きがよいということになるのです。

漢字にこだわる人が
見落としている本質

 もちろん「いたす」を漢字で書いても間違っているわけではありません。

 しかし、漢字で「お願い致します」と書くと、それを読む人の目には「願」「致」の漢字が強く入ってきます。なぜなら、私たち日本語の表記に慣れた人間は、漢字を中心に読む癖がついているからです(立ち読みのシーンを思い出してください)。

 それよりも重要な意味の「願」だけ漢字のほうが、意味がすばやくわかって読みやすいのです。

 つまり、「いたす」を仮名で書くことは、理にかなっているだけでなく、読む人に配慮した書き方なのです。そのことを知った上でも漢字で書きたいと思うのは、多分、小学校での漢字学習でのトラウマのせいだと思われます。

【参考文献】
佐竹秀雄(1988),表記行動と規則、仮名の役割,『日本語百科大事典』,大修館書店
佐竹秀雄・佐竹久仁子(2005),『ことばの表記の教科書』,ベレ出版
佐竹秀雄(2025),漢字と平仮名の使い分けの原則と意義,Japio YEAR BOOK 2025
次回記事<「〜してほしい」を「〜して欲しい」と漢字で書く人が知らない事実>は9月29日(火)午前8時00分に公開されます。佐竹秀雄氏をフォローすることで新着記事をメールでお送りすることができます。
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