AIに調べてもらい、資料の構成案も出してもらった。それなのに、なぜか仕事が終わらない。何が起きているのでしょうか。『おい、とりあえず終わらせろ』の著者、nwiizo(ぬうぃぞう)氏が、自身の失敗とAIの使い方を伝えます。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

おい、とりあえず終わらせろPhoto: Adobe Stock

一日中、手を動かしていたのに

 深夜1時。部屋にはモニターの光だけが残っている。

 朝からずっと手を動かしていた。

 AIが出してきた資料を読み、また検索し、タブを開き続けた。その間にコーヒーは冷め、陽は落ち、部屋は暗くなった。

 画面には15ページのプレゼン用スライドが表示されている。読み返す。

 良くない。完璧じゃない。どこを直せば終わるのかも、言えない。

 私はかつて、「もう少し練ってから」「もう少しデータが揃ったら」と言いつつ、調べて、整理して、進んでいる気になっていました。

 そして締め切り直前に初めて気づくんですよね。

 体裁だけ整っていて、肝心の中身が何もないことに。

「準備」を「進捗」と勘違いしていないか

 新人のとき、新規サービスの提案資料を任されたことがあります。

 月曜に資料の構成を3パターン書き出す。火曜に、それぞれの長所と短所を比較する。水曜には「やっぱり調査が足りない」と追加で記事を読み込む。

 木曜、ようやく書き始めて、金曜の朝、手元にあったのは見出しとデータだけ並んだ、たった3ページのスライドでした。

 何もしなかったわけじゃない。手は動かしていました。

 競合を調べ、データを整理し、構成案を書き出した。だけど毎日、周辺作業で一日が終わった。

 この状態を、私は「擬似完了感」と呼んでいます。

 情報収集には「努力の感触」があるんですね。

 記事を読む、データを整理する、フォルダを作る。どれも手が動いている。手が動いていると、「進んでいる」と感じる。

 一方で、「何を提案するか」を一文にまとめる、スライドの結論を決めるといった、成果物の核心を作る作業には、努力の感触がありません。大事な中身を決める瞬間は、手が止まる時間の方が長い。

 AIのおかげで集められる情報が増えても、それだけでは「何を言うか」は決まらないのです。

AIには「ツッコミの的」を作らせる

 そうは言っても、白紙の画面を前にすると手が止まることがあります。

 可能性が無限にあるように見えて足がすくむのです。

 そこで、AIの助けを借りるのもいいでしょう。

 AIを使うといっても、丸投げするためではありません。白紙で止まる最初の数分を越えるための補助輪として使います。

「この企画書の構成案を出して」とAIに頼む。30秒で何かが出てくる。

 それを見て、「いや、これは違う」「ここはいいけど、ここは変だ」と思う。

 その瞬間、あなたは始めています。

 白紙の画面に向かうのと、「間違っている何か」を修正するのでは、心理的な負担がまるで違う。「ゼロから作る」より「ダメなものを直す」方が、圧倒的に楽でした。

 AIに「ひどい最初の一稿」を書かせて、「これじゃない」と思ったとき、自分が本当に書きたいことが明確になります。

 AIの役割は、答えを出すことではなく、「ツッコミの的」を提供することなのです。