グラウンドで一斉に礼をする野球部員写真はイメージです Photo:PIXTA

「体育会系は礼儀正しい」とよく言われる。しかし、大きな声で挨拶し、先輩や指導者に従順に振る舞うことは、本当に「礼儀」なのだろうか。なぜ体育会系では、礼儀と上下関係がこれほど重視されてきたのか、その背景をひもとく。※本稿は、美学者の難波優輝『アンチ・スポーツの哲学』(朝日新書)の一部を抜粋・編集したものです。

体育会系の上下関係で
礼儀は身につくのか

 体育会系文化にはなくてはならないものがある。そして、しばしば議論になるポイントがある。それが、「礼儀」と「上下関係」だ。

 体育会系文化は、礼儀に厳しい。きちんと先輩を敬わなければならない。それゆえ、体育会系は礼儀正しい、といったりする。確かに、ある種の絶対君主的な権力を上級生がもっていることがあるだろう。なぜこうした仕組みが体育会系文化ではしばしばみられるのだろうか。そして、体育会系文化のほうが、他の文化、例えば、音楽文化などとは違う独特な仕方でこうした礼儀と上下関係を重要な価値観として埋め込んでいるのだろうか。それは、〈スポーツ〉そのものに何か関係があるのだろうか。

 礼儀正しさがチームの関係性を向上させる、といろいろなところで耳にする。確かに、いかにも正しそうだ。礼儀正しい人、少し別の意味だが、謙虚な人を嫌う人はそういないだろう。一緒にいて気疲れしない。

 さて、では、体育会系文化は礼儀を涵養してくれるのだろうか。一生懸命勝利を目指して頑張る若者たちは、礼儀を身につけられるのだろうか。私はよく分からない。そもそもそこで言われている礼儀というのは、ごく限られた体育会系文化において重視される礼儀に過ぎないように思うのだ。