三国志の「本当の勝者」は誰だったのか。曹操でも、劉備でも、孫権でもない。最後に天下をつかんだのは、魏の内部で着々と力を蓄えた司馬一族だった。司馬懿が築いた権力を長男・司馬師が固め、弟・司馬昭がさらに拡大。その先には、司馬炎による晋の建国が待っていた。一歩間違えば、兄弟や親子で血を流す権力争いになってもおかしくない。それなのに、なぜ司馬一族は権力を途切れさせず、次の世代へ渡せたのか。『地図で学ぶ「深読み」世界史』の著者が、三国志最終盤の「勝ち残る一族」に隠された、後継者への任せ方を読み解く。

【三国志の勝者】司馬懿から司馬師・司馬昭へ、なぜ権力は途切れなかった? 「後継者への任せ方」Photo: Adobe Stock

なぜ司馬懿は、司馬昭ではなく司馬師に「極秘計画」を先に明かしたのか

 司馬師の面白さを語るとき、外せないのが弟・司馬昭との関係である。司馬懿には複数の子がいたが、政権継承の中心になったのは長男の司馬師だった。

 高平陵の変の際、司馬懿が事前に計画を伝えた相手として司馬師が重視され、司馬昭は直前になって知らされたと伝えられる。この違いは、父が二人の息子をどう見ていたかを想像させる。司馬師は父の考えを理解し、危険な政変を実行に移せる人物として信頼されていたのだろう。

 司馬懿の死後、司馬師は魏の実権を継承し、反対勢力の排除を進める。しかし彼一人ですべてを動かしたわけではない。弟の司馬昭を軍事や政務の場で活用し、一族全体で権力を固めていく。

 ここに司馬師の政治家としての巧さがある。権力者は、自分が優秀であるだけでは足りない。信頼できる人物をどこに配置し、どこまで任せるかが重要になる。特に王朝の内部で実権を奪うような危険な局面では、身内であっても無条件には信用できない。その中で司馬師と司馬昭は役割を分担し、司馬氏の地位を高めていった。

兄が死んでも権力は途切れなかった…司馬師と司馬昭の「決定的な強み」

 そして司馬師が志半ばで亡くなると、その権力は弟の司馬昭へ引き継がれる。司馬昭の時代には蜀が滅び、魏の皇帝に対する司馬氏の優位は決定的になる。その先に、司馬炎による晋の建国がある。

 兄が先に権力を握り、弟がそれを継ぐ形は、一歩間違えれば一族内部の争いになりかねない。それでも権力が比較的スムーズに継承されたことは、司馬氏にとって大きな武器だった。

 司馬氏の成功は、一人の英雄の成功ではない。父が土台を作り、兄が固め、弟が広げ、次世代が王朝を完成させた。個人の才覚以上に、権力を家族の中で切らさず渡せたことが、司馬氏の最大の強みだったのである。