葬儀の祭壇の前で読経する僧侶写真はイメージです Photo:PIXTA

人生の最期に、「もっと出世したかった」「もっとお金を稼ぎたかった」と後悔する人は、ほとんどいないという。むしろ多いのは、「家族にありがとうと言えばよかった」「もっと子どもを褒めてやればよかった」といった、伝えられなかった言葉への後悔だ。多くの最期に立ち会ってきた僧侶が明かす、人生の終盤で気づく「本当に大切だったもの」とは。※本稿は、経営コンサルタント・僧侶の安永雄彦『定年で終わる人、終わらない人 豊かに生きるための5つの智慧』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

僧侶が臨終の場で何度も聞いた
「言えなかった」という後悔

 僧侶として、私はこれまで多くの方の死や葬儀に立ち会ってきました。その経験の中で、人生の最期を迎える方々の言葉には、ある共通点があることに気づきました。

 それは、「やり残したこと」よりも、「言えなかったこと」「やれなかったこと」への後悔が圧倒的に多いということです。

「もっと家族に感謝の言葉を伝えておけばよかった」「親に、愛していると言えばよかった」「あの人に、ありがとうと伝えたかった」。こうした言葉を、私は何度も耳にしてきました。

 不思議なことに、「もっと会社で出世したかった」「もっとビジネスで成功してお金を稼ぎたかった」という言葉は、ほとんど聞いたことがありません。人生の最期において、人が本当に大切だと気づくのは、成果や地位ではなく、人との関係性なのです。

 ある方は、こう言われました。「息子には厳しくしすぎた。もっと褒めてやればよかった。今さら言えないけれど、本当はずっと誇りに思っていたんだ」。その方の目には、涙が浮かんでいました。

 また別の方は、「女房に、いつも苦労をかけてすまなかったと言いたい。でも、照れくさくて言えなかった。今でも言えない」と話されました。その数日後、その方は静かに息を引き取られました。