毎日必死に働いているのに仕事が減らず、なぜか同じトラブルを繰り返してしまう――。そんな悩みを抱える人に知ってほしいのが、世界一流の「口癖」だ。本連載の著者は、外資系IT企業の米国本社でシニア・プロダクト・マネージャーとして働く福原たまねぎさん。世界トップレベルの同僚たちを間近で観察するなかで、彼らの強さの正体は、毎日のように繰り返される「短い言葉」と、その裏にある思考法にあることに気づいたという。福原さんの著書​『その仕事、スケールするの?』の発売に際して、本連載では、そんな世界一流の口癖を毎回1つずつ紹介していく。

世界一流Photo: Adobe Stock

「それ、ワカモーだよな?」

シアトルに来て間もないころのことだ。ある重要な問題への対策を話し合う会議で、ぼくは自分なりに考えた案を出した。すると、この道20年以上というベテランのアメリカ人マネージャーが、にやりと笑ってこう言った。

“That's whack-a-mole, right?”
「それ、ワカモーだよな?」

何を言われたのか、まったくわからなかった。

ワカモー。

ただ、その妙にファンキーな響きだけが、やけに耳に残った。

あとで調べて、二重に驚くことになる。ひとつは、その意味。もうひとつは、その出どころだった。

日本生まれの言葉「モグラ叩き」

whack-a-mole。意味はモグラたたきだ。

発音は「ワック・ア・モール」ではなく、実際には「ワカモー」に近い。
そして世界で最初のモグラたたきは、日本で生まれている。

1975年、カトウ製作所が開発し、トーゴ(東洋娯楽機)が発売したエレメカ機『モグラ退治』。考案したのは山田一男さんで、前年に描いた10枚の鉛筆スケッチが元になったという。人工芝の台に開いた8つの穴からモグラが顔を出し、ハンマーで叩くと点が入る。制限時間はおよそ1分。日本中のゲームセンターに置かれ、1976年と1977年には国内のエレメカ売上で2年連続2位になった。

1977年にバンダイが出した家庭用の玩具は、100万個を超える大ヒットになっている。

これがアメリカに渡ったのが1977年。クリエイティブ・エンジニアリング社のアーロン・フェクターが「Whac-A-Mole」と名づけ、そこから全米の遊園地やアーケードに広がっていった。

やがてこの言葉は、ゲームの名前を離れる。叩いても叩いても、次から次へと問題が出てきて、いつまでも終わらない状態を指すようになった。いまでは“whack-a-mole strategy”(モグラたたき戦略)のように、そのまま形容詞のようにも使われる。

日本のゲームセンターで生まれた遊びが、名前を変えてアメリカに渡り、50年後にシアトルの会議室でぼくにダメ出しをするために使われていた。とても興味深いなと個人的に思う。

発明した人が見抜いていたこと

もうひとつ、おもしろい話がある。『モグラ退治』の企画は、社内では不評だったそうだ。子どもだましじゃないか、と。

それでも山田さんが押し通したのは、あの単純な動作に潜む快感に気づいていたからだと言われている。ハンマーで叩く。それだけのことに、人はどうしようもなく夢中になる。

ここが、この記事でいちばん伝えたいところだ。仕事のモグラたたきがやめられないのも、まったく同じ理由なのだと思う。

叩けば、モグラは必ず引っ込む。手応えがある。点が入る。目の前の問題が消える。しかも周りからは、忙しく手を動かして問題を片づけている働き者に見える。

つまり、モグラたたきをしている人は、職場で褒められやすい。誰も止めない。むしろ感謝される。だから根本的な問題解決になっていないことに自分でも気づけない。

あの日、笑いながら止めてくれたのは、同じ景色を何度も見てきたベテランだけだった。

穴は8つでも、モグラは1匹

ここからが本題になる。

ゲームの盤面には、穴が8つ空いている。どこから出てくるかはランダムに見えるから、叩く側は8つの別々の敵と戦っているつもりになる。

でも本物のモグラは、そうではない。地面に見えている塚は、地下に張りめぐらされたトンネルの出口にすぎない。一匹のモグラが掘り進んだ跡が、あちこちで土を押し上げている。庭に10個の塚ができていても、犯人は一匹ということが普通にある。

仕事の問題も、これによく似ている。別々に見えるトラブルの奥をたどっていくと、たいてい原因は一つに行き着く。

たとえば、あるチームで同じような手戻りが何度も起きたとする。今週は仕様の伝え間違い、来週は確認漏れ、その次は締め切りの認識違い。全部ちがう問題に見える。でも掘っていくと、決まったことがどこにも書き残されていない、という一点にたどりつく。だとすれば、叩くべきなのは3つの出来事ではなく、その一点のほうだ。

叩く人は、穴を見る。掘る人は、その下にいる一匹を探す。あの日ぼくの案がワカモーと言われたのも、たぶんこれだった。目の前に出ている穴しか見ていなかったのだ。