人は死にかけた瞬間、どんな気持ちになるのか?
1973年、太平洋を航海中にクジラと衝突して船を失い、118日間を漂流した英国人のモーリスとマラリンのベイリー夫妻。その壮絶な実話を描いたノンフィクション『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著、村井章子訳)に推薦文を寄せた作家の椎名誠さん(82)は、200冊以上の漂流記を読むだけでなく、自らも世界の辺境を旅し、何度も危ない目に遭ってきた。「日本でいちばん漂流・遭難に詳しい作家」と言ってもいいだろう。インタビュー第2回は、椎名さん自身の「壮絶な漂流体験」について聞いた。(取材・構成/小川晶子)

【82歳・椎名誠】マジで死にかけた恐怖の漂流・遭難体験・ワースト1Photo: Adobe Stock

椎名誠が体験した「恐怖の漂流体験」

――『極限の漂流118日間』のモーリスとマラリンの夫婦は過酷な漂流から奇跡的に生還することができましたが、リアルな描写に何度もハラハラしました。椎名さんも漂流しかけたことがおありだとか……。

椎名誠(以下、椎名):30代半ばの頃、友人の沢野ひとし(作家/イラストレーター)と伊勢湾口にある「神島」という島のまわりを泳いで一周しようとしたことがあるんです。

一周4キロ程度だから1時間くらいでいけるんじゃないかと思っていたんですが、泳ぎながらふと陸のほうを見たとき「流されている!」。沢野も僕も大慌てで向きを変え、陸に向かって泳ごうとしました。でも全然進まないんです。

当時は知らなかったけど、離岸流というのがあるんですよね。想像もつかないくらい強烈な流れに押されて、みるみる陸から離れていくんです。あれは怖かったなぁ。死ぬかと思いました。あのときはもう友情も何もなかったね(笑)。なんとか離岸流を抜けることができて、無我夢中で泳いで戻ることができました(このエピソードは『わしらは怪しい探検隊』角川文庫で読むことができる)。

遭難しかけて、食べたいものの言い合いに

――椎名さんはいろいろな地を探検されていますよね。陸での遭難もあったのでしょうか。

椎名:昔、ドキュメンタリー映画を撮るために、チリからアルゼンチンへ陸路で国境を越えたときのことです。
アルゼンチン側でアテンドしてくれるはずの人が、迎えに来なかったので、仕方なく僕たち4人のメンバーだけで歩き始めました。

携帯電話もない時代で、周辺には村もないような山の中の国境です。

カメラや重い荷物を抱えて歩く僕たちは、食料はほとんど持っていないし、水も2リットルくらいしか持っていませんでした。

歩いていれば何か食い物あるだろうと思っていたんですが、ないんですよ。とうとう遭難しかけました。これ以上進んだら危険だということで、テントを一つ張って4人で寝たんだけど、お腹はすくし喉はかわくしで眠れません。

そうすると、食い物の話が始まるんです。誰かが「こういうときはラーメン食いてえな」と言ったら、みんなの目がパッと変わって食べたいものの言い合いになりました。激しい論争勃発です。

――『極限の漂流118日間』でも、食料が尽きた頃にマラリンが食べたいメニューやレシピを詳細に書き出したり、夫婦で話し合ったりしていましたね。

冷やしたメロンがいいな。それからローストポーク、アップルソースとポテト添え。カリフラワーとチーズソース。デザートはまずチョコレート・プディング。それに、チーズとビスケット、チョコミント味のアイスクリームはどうだろう。メニューの検討に熱が入りすぎて、口論になるほどだった。
――『極限の漂流118日間』より

椎名:その気持ちは本当によくわかります。「これが真実だ」と思いますね。食べたいと思うことが生きることにつながるんです。

――椎名さんはそのとき、どうやって生き延びたのですか?

椎名:廃屋を見つけたんです。食べ物はほとんどネズミに食われていたけど、ネズミよけに紐で吊るしてあった種トウモロコシが残っていました。それをふやかして食べました。あのトウモロコシはおいしかったなあ。元気を取り戻してからまた歩いて、村にたどり着くことができました。この南米での話は今年出る予定の本に書いたから、ぜひ読んでください。

経験してわかる、漂流者の気持ち

――さまざまな経験をされてきた椎名さんだからこそ、漂流者の本当の気持ちがわかるということがあるのでしょうね。

椎名:離岸流に流されたときも、大地をこの足で踏むことは二度とないのかもしれない……と絶望の極致に追い込まれましたしね。「漂流者の気持ちってこういうものか」と思った経験は何度もあります。
ただ、僕は漂流記が好きなのであって、漂流そのものが好きなわけじゃないです(笑)。