ひとりのメンバーが、自分の顧客に対して「機密情報」を定期的に漏らしていたことが発覚。「機密情報」を得る見返りに、顧客はそのメンバーに仕事を発注するという、“不適切な関係”が白日のもとにさらされたのです。

 これが、社内に不協和音を生み出しました。
 誠実に仕事をしていたメンバーのなかで、「あんな人が評価されるなら、真面目に仕事をする意味がわからなくなる」と不満が爆発するのは当然のことでしょう。

 さらに、この評判が他の顧客にも広がり始めた結果、「うちにも機密情報を流してくださいよ。うちの情報も流されてるんじゃないかと思うと怖いですけどね」などと顧客から言われるようにすらなっていきました。

 私の友人も、そのメンバーや、そのことを見て見ぬ振りをする会社に対して、強い不信感や怒りを感じるようになりました。それをきっかけに、以前は多少なりとももっていた「会社のために頑張ろう」という気持ちは薄まり、コロナ禍のもとリモートワークになってからは、「いかに手を抜くか」と考えるようになったと言います。

 そのときには、すでに「業界トップ10に入る」という会社の目標のことを、真面目に考える社員はいなくなっていました。それどころか、次第に離職者が増え、「業界トップ10」などと言っている状態ではなくなってしまったのです。

「関係性」の悪化が、
チームの心理的リソースを奪う

 このコンサルティング会社には、非常に優秀で、深夜まで働くことをいとわないような、心理的リソースが豊富なメンバーが揃っていました。また、会社の目標も形式的には存在していました。

 ところが、この会社において、メンバー一人ひとりの心理的リソースは「チームとしての成果を上げる」ためではなく、「自分が個人として評価をされるため」に使われていました。

 成果主義が強く、評価が相対的に決まる仕組みのもとでは、他人が成果を上げることが、自分の相対的な評価を下げることにつながります。つまり、「他人の利益が自分の不利益」という状態であるということ。そうなれば、構造的に「心理的リソースの奪い合い」が生まれます。

 実際、この会社は、お互いに対する嫉妬や不信感が生まれ、裏で貶し合うような関係性に陥ります。そのことがチーム内に疑心暗鬼を生み、心理的リソースを消耗させていました。

 そして、関係性が悪化すれば、「この人たちと一緒に願いを叶えたい」とは思えなくなります。結果的に「会社共通の目標」が力を失い、メンバーは個人がもつ心理的リソースを会社の目標のために使いたいとは思わなくなっていきました。

 そんななかで、「機密漏洩」や「いかに手抜きをするか」といった、会社の利益を毀損するような、自己中心的な行動が生まれていたのです。

 こうなると、会社全体の心理的リソースは、むしろ個人の心理的リソースを足し合わせたものよりも小さくなってしまいます。つまり、「1+1=2」を大きく下回っていたのです。

「チームの目標」と「関係性」は
相互に影響し合っている

 これらの事例から、どんなことが言えるでしょうか。

 まず、任天堂の例で見たように、チームに心理的リソースを生み出すために必要なのは、「個人の願いと紐づいた目標」であるということです。チームの目標が明確であり、全員に共有されていて、さらに一人ひとりの「願い」と結びついているとき、そこから大きな力が生まれてきます。

「共通の目標」のもとに集まったメンバーが、「それを叶えたい」と心から願っていれば、「自分の願いが相手の願い」という状態が生み出されることになります。そして、お互いが信頼し合って、協力し合うことで、「1+1=2」を大きく超えるエネルギーが生み出されるのです。

 一方、コンサルティング企業の例でみたように、どれほど立派な目標をチームで掲げていても、チームの関係性のなかで心理的リソースの奪い合いが発生していれば、その目標を軸にひとつになるのは難しくなります。
 なぜならば、このような状態では「チームの目標を叶えること」は、「自分に不利益をもたらす誰かの願いを叶えること」と同義になってしまうからです。そうなれば、次第に誰もが自分の利益を優先させるようになり、チームの目標は形骸化していくのです。

チームを伸ばす「2つの条件」

 だからこそ、チームのなかで「1+1」を上回るようなエネルギーを生み出すためには、次の2つの条件を両立させることが欠かせません。

 ひとつは「一人ひとりの願いとつながった共通のチーム目標」が存在すること。
 もうひとつは「心理的リソースを奪い合わない関係性」を築くことです。

「この目標に向かっていきたい」という気持ちを共有していると、そのこと自体によって「同じ願いをもった同志」という認識が生まれ、お互いの「関係性」が深まります。また、「この人と一緒に働きたい」という関係性があれば、相手の願いが自分の願いとなり、共通の目標へのコミットメントが高まります。

 逆に言えば、このどちらかが欠ければ、正反対のスパイラルが生まれるということでもあります。
「この目標に向かっていきたい」という気持ちが共有できていなければ、メンバーは「自分の利益」のために動き始めます。そうすると、「関係性」のなかで心理的リソースを奪い合う場面が増え、「共通の目標」はさらに力を失うのです。

 このように、「チームの目標」と「関係性」は相互に強い影響を及ぼし合っています。
 そして、この両者の間に好循環を生み出すことで、チームの心理的リソースは「1+1」を「3」「4」へと大きく膨らませていくことができるのです。

櫻本真理(さくらもと・まり)
株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。