スタンリー・キューブリックによる1968年の映画『2001年宇宙の旅』は、二足歩行に移行しつつあるチンパンジーに似た大型類人猿が、突然現われた黒い石板(モノリス)に触れたことで、道具を使う知能を得る場面から始まる。戦いに勝ったボスが雄たけびとともに宙に投げ上げた骨が宇宙船に変わるシーンはとりわけ有名だ。

 だが、女性人類学者のディーン・フォークは、「視覚的に素晴らしく、初期ヒト族の描写も非常に正確で、半世紀以上前に制作されたとは信じがたい、畏敬の念を抱かせる映画」だとしつつも、二つの問題点を挙げる。

 一つはこのプロローグが「人類の夜明け(The Dawn of Man)」と題されていることで、「どのようにして男(Man)=人間(つまりホモ・サピエンス)が賢くなったかという教科書的な家父長制の物語を強化」していること。だがそれより大きな誤解を招くのは、「初期ヒト族が石器(謎の石モノリス)から知恵を授かる」という物語が美しく象徴化されていることだという。

 最古の石器が発見されたのは約350万年前だが、チンパンジーとヒト族の共通祖先が分岐したのは約650万年前で、「石器時代」以前に300万年もの空白の期間がある。フォークは『植物時代 人類進化の種が蒔かれたとき』(風間賢二訳/青土社)で、ヒト族の進化の前半を無視し、高度な認識の“夜明け”を石器時代のはじめに固定する主流派の見解は大きな欠陥を有していると主張する。

 石器時代以前の300万年のあいだも、ヒト族の祖先たちはさまざまな道具を使いこなしていたはずだ。フォークはそれを「植物時代(The Botanic Age)」と呼ぶ。

「人類の最初の道具は石ではなく植物だった」!?人類進化の空白の300万年に何が起きたのかイラスト: 09910190 / PIXTA(ピクスタ)

初期のヒト族の最初の道具は石ではなく、枝や草などの植物だった

 石器時代は約350万年前に始まった「旧石器時代(Paleolithic Era)」と、およそ1万年前の「新石器時代(Neolithic Era)」に分けられる。

 旧石器時代の人類はマンモスなどの大型動物を狩り、木の実や植物を採集する移動生活を送っていた。およそ30万年前にアフリカでホモ・サピエンスが誕生し、6万~7万年前にアフリカを出てユーラシア大陸やオセアニアに広がって、2万年前にはアメリカ大陸に到達した。

 およそ1万年前に最後の氷河期が終わると、温暖で安定した気候が続くようになったことで、植物を栽培し動物を飼育する定住生活への移行(農業革命)が始まった。3500年前には石器の代わりに青銅器が登場し、メソポタミアやエジプトでは都市が形成され、文字が使われるようになる。こうして「有史時代」が始まったというのがこれまでの教科書的な説明だった。

 だがフォークは、「わたしたちはどこから来たのか」という謎を解くには、チンパンジーとの共通祖先から分岐した650万年前から350万年前までの人類の進化を考えなくてはならないという。これはたしかにもっともな指摘だが、なぜこれまで誰もそれをしなかったかというと、この時期は化石や道具などの痕跡がなにひとつ残っていないのだ。

 そのためフォークは、チンパンジー、ゴリラ、オランウータンという人類にもっとも近い大型類人猿が、木の上で眠ることに注目する。数百種の高等霊長類のうち、毎日、木に就寝用の巣をつくるのはこの3種だけなのだ。だとしたら、人類の祖先も同じように樹上に巣をつくって眠っていたはずだ。

 大型類人猿が木の上を好むのは、地表(サバンナ)にはライオンやトラのような多くの捕食者がいるからだ。とりわけ眠るときは無防備になるので、木の枝を引き寄せたり、草を折り曲げたりして円座のようなベッドをつくって、安全に寝るようになった。日中はエサを求めて移動するため、こうした寝床は使い捨てで、夜になると別の木に寝床をつくる。

 初期のヒト族の最初の道具は石ではなく、枝や草などの植物だった。だがこうした「植物時代」の道具は化石にならないため、これまで存在しないことにされていたとフォークはいう。「人間はとほうもなく遠い昔に生きていた樹上性霊長類の子孫」なのだ。

 フォークがもうひとつ注目するのは、母親と子どもの移動方法だ。霊長類や類人猿の子どもは母親の下腹部に四肢でしがみついて移動するが、二足歩行に移行した初期人類の幼児は、どこかの時点でこれができなくなったはずだ。

「リトルフット」と呼ばれる約367万年前に生息していたアウストラロピテクス・プロメテウスの足の化石から、親指が類人猿のように分岐しておらず、他の指と接して並んでいることがわかった。すでにこの時点で、足でモノをつかんだり、母親にしがみついたりできなくなっていた。

 だとしたら、母親はどのように子どもを連れて移動したのか。フォークは狩猟採集民の記録などから、「持ち運び可能な植物の巣」としてのベビースリングが使われていたのではないかと推測する。化石証拠が発見される望みはないが、これを「人類最初の発明」と考える人類学者もいる。