そのラーメンがまた驚きだった。丼にぎっしり詰まった麺の上に、具がバベルの塔のごとく積みあがっているのである。チャーシュー(この店では豚と呼んでいる)はまるで塊のようだ。食べても食べても減らない。丼の底からは麺がいくらでも出てくる。しかも、スープは脂でギトギト。なんとか食べきったが、あまりの満腹感と恥ずかしさから逃げるように店を出た。

 このように私の二郎初体験は散々なものだったが、同時にそのラーメンと店の雰囲気の強烈な個性は忘れられないものになった。ラーメンファンの間ではよく「二郎はラーメンではない。二郎という食べ物だ」ということが言われる。

 これは的を射た言葉だと思う。

 その後、三田の本店で修業し、弟子として二郎を名乗る店、その流れを汲む店、本店とまったく関係はなく、二郎のラーメンに影響を受け似たようなラーメンを出す店など、二郎系ラーメンは首都圏ではかなりの数になった。そして、その多くが行列店となっている。

ラーメン業界のニューウェーブ

 その一方で、この10年間、ラーメン業界には大きな変化が起きている。

 1996年に東京、横浜で開店した麺屋武蔵、青葉、くじら軒の3軒の店は、それまでの流れを変えた。これらの店が打ち出したのは、まず、素材へのこだわりである。

 麺屋武蔵はさんま節というこれまで使われたことのない材料をスープの出汁に使い、さらにラーメンにはつき物だったうま味調味料(二郎ではかなりの量が使われている)を使わないようにした。これは漫画「美味しんぼ」などに見られる自然派志向の広がりから大いに受けた。