CFOとしての知識や経験に不安があっても、
チームとして結果を出せればいい
田中 最後に、菅原さんがベンチャーの立ち上げから上場までを経験されてきた先輩CFOとして、ベンチャー企業の創業者、CFOへのアドバイスがあれば、是非、お聞かせください。菅原さんのような戦略家としてのCFOって少ないと思うんですよ。
菅原 実は、資本市場を知らないとか、細かい会計処理や税務のことがわからないという不安な部分も自分にはあるんです。それでも、CFOなんだから、それがわかるスタッフがいて、チームとして結果を出せばいいよね、という割り切りも必要です。要するに正しい意思決定ができれば良いでしょうと、その最低限のリテラシーを持っていればいいでしょうと、そう自分に言い聞かせながら前に進んでいます。ただ、私は、数字をつくっていく事業側の経験が自分のCFOとしての強みだなとも思っていて、こういう戦い方もあるんだということをベンチャー業界に伝えていかなければいけないなと思っています。アドバイスと言われても、当社自体が規模や成長もまだまだ道半ばなので、自分がもっと頑張らなければいけないと思っています。そして、我々CFOが活躍することをきちんと示していかないと、CFOというポジションが日本で育っていかないと思っています。だから、ベンチャー企業のCFOが集まると「みんなで頑張ろうね」なんて話になるんですよ。
インタビューを終えて
我が国では戦後の高度成長時代につくられた金融機関を中心とした間接金融体制のおかげで、長い間、企業のファイナンス戦略が注目されることはありませんでした。1990年代のバブル崩壊によって瓦解した我が国の間接金融体制はファイナンスの世界における主役の座を、資本市場から資金を調達するという直接金融体制に明け渡すことになりました。その結果、企業に求められた重要な役割が最高財務責任者、つまり、CFOという存在です。
そんな資本市場の激変もつい最近の出来事であるため、ファイナンス戦略の責任者であるCFOのマネジメントの中での位置づけや役割も日本では必ずしも明確になっていないように感じられます。菅原氏は、創業間もないベンチャー企業だったアイスタイルの経営に参画するときはCFOになることを望んでいませんでしたが、フロントで数字を稼ぐ事業を運営したという経験が図らずも同氏を「戦略家」と呼ばれるに相応しいCFOにしています。そして、そのことは、創業間もないベンチャー企業に特有の「全員が何でもやらなければ生き残れない」という切迫感とも無縁ではなかったでしょう。
自身のキャリアの過程でファイナンスの世界には直接的な縁のなかった菅原氏ですが、インタビューを通じて印象に残ったのは、自ら素直に学び社内のメンバーの力を最大限に引き出しながら、チーム全体でファイナンス戦略を実践していくという同氏の真摯な経営姿勢です。コンサルティング会社で積んだ多くの経験がベースになっていることはもちろんですが、なにより菅原氏の謙虚な姿勢が結果として自分なりに理想とするCFO像を形成している一因になっているという思いを強くしました。
上場取りやめの決断やそれに伴う事業モデルの大転換といった経営判断は、外部から客観的に見ていると理屈ではわかりやすいといえます。しかしながら、当事者としてこのような冷静な判断を行うことは非常に難しく、撤退すべきところで覚悟を決められずに意思決定がずるずると遅れ、気がついたら取り返しのつかない状態になったという例は枚挙に暇がありません。実践の中で培ったスキルだけではない、勇気ある経営陣の決断を支えたCFOである菅原氏の強い意志をも感じました。
現在の株式市場のアイスタイルに対する評価を見ると、比較対象とされている企業群に比べると収益性や生産性の面で劣っていることについて課題を突きつけられているようです。創業当初から変わらない経営陣の抜群のチームワークと菅原氏のリーダーシップで投資家から与えられている経営課題に対してどのような答えを出していくのか、これからも注目していきたいと思います。
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